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【本編】第28話:静かな覚悟

(……見てはいけない)

(でも……どうしても、目を逸らせなかった)


一枚だけ、古い紙に書かれた一遍の詩。


(これは、わたしの中の何かを、きっと変えてしまう)

(そんな気がして……怖い)


指先がかすかに震える。それでも、わたしはその紙を取り出した。

震えるような筆跡で、わずかな詩行が記されていた。


―――


『沈められた蕾へ』

リンドウの家門は、嵐に散らされた。

けれど、ひとつの蕾だけは見つからなかった。

報告には「全て散った」とあった。

私は記録官として、それを見つめていた。

美しい悲劇に、心を奪われながら。

摘まれぬよう、記録に沈めよ——

そう囁きが聞こえた。

だから私は、死の中に記した。

記録から消して、私だけの庭に。

咲く前に摘まれるには

あまりにも美しすぎたから


―――


(リンドウの家門……蕾……)

(これは……ジェンシア家、わたしの家のことだ)


胸の奥で、何かが軋んだ。


("死の中に記した"……)

(グラヴィオ……あなたが、わたしを記録から消したの?)

(でも……なぜ? なぜ、私を?)


手が震えて、詩を持っていられなくなった。紙がひらりと床に落ちる。

でも、文字は目に焼きついて離れなかった。


(守りたかったから?)

(美しいから?)

(それとも――)


私は立ち上がることができなかった。

ただ、その場に座り込んで、震えていた。

彼の想いを受け取った、同じ手で。私を消した記録を、握りしめていた。


(……どうして?)

(どうして、こんなことに?)


でも、最も恐ろしいのは——それでも、彼への想いが消えないことだった。

むしろ、深くなっていくような気がした。


(救われた……のに)

(騙されていた……のに)

(それなのに、なぜ……)

(……わたしは、どうすればいいの?)


震える手で、その詩を拾い上げる。けれど、遅かった。

わたしの心には、もう——すべてが記されてしまっていた。

遠くで鐘の音が聞こえた。夕暮れの鐘。


(今度会ったとき)

(私は彼に、どんな顔で……何を言えばいいの?)


もう前のように、彼と向き合うことはできない。

愛している人が、私を記録から消した人だった——

※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。

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