【本編】第27話:沈められた頁
修道院の回廊に、静かな風が吹き抜けていく。
朝の祈りを終えた修道女たちの気配も、もうすっかり遠のいていた。
自室に戻ると、机の上に一通の封筒が置かれていた。
白地に金の封蝋。神殿からのものだ。
けれど、それはいつもの任務の通達ではなかった。
──《記録提出の期限を一時延長する。詳細は追って通達する。》
(……延長? どうして、今になって)
これまで一度も猶予が与えられたことなどなかった。
(まるで、"選ばせようとしている"みたい)
封筒の紙を記録帳に挟んで、私はしばらく机の前に座り込んだ。
目を閉じても、胸の奥がざわついていた。
そのときだった。扉が静かに開いた。
【エルノア】
「……いいだろうか」
【アメリア】
「……院長」
【エルノア】
「延長の通達が、届いただろう」
私は頷いた。けれど、言葉は出なかった。
【エルノア】
「……見習いの君に、こうも重たい任務が託された。不思議に思ったろう?」
私は、そっと視線を落とした。
(ずっと、そう思っていた)
【アメリア】
「……これは、試されているんですか? 私の……記す力が」
【エルノア】
「……神は、ときに問いを仕掛ける。
そして、"どう答えるか"を静かに見ている」
【アメリア】
「……神が、問いを?」
その問いに、彼はただ静かに目を伏せた。
【エルノア】
「答えの正しさではなく、"選び方"を。……それが、記すということだ」
「筆は自由だ。記そうとも、記さずとも。ただ、いずれ"記されたもの"は、何より雄弁に、その者の選び取ったものを語る」
彼は静かに立ち上がった。
【エルノア】
「それだけ、伝えに来た」
扉が閉まり、静寂が戻る。
(記されることは、裁きになる)
(だから、怖い)
(けれど──それでも……)
ふと、机の隅に視線を移す。
グラヴィオが残した、あの詩の束。一晩中、胸に抱えて眠っていたもの。
(……今なら、読める気がする)
(いや……読まなきゃいけない)
そっと包みを解くと、重なった紙の間に、何かが引っかかった。
(これは?)
ひときわ古びた紙が一枚、他の詩とは明らかに違う質感で混ざっていた。
端は焦げたようにくすみ、重く、ざらついた肌。
まるで、何かを焼き捨てるようにして封じたかのような。
(……この紙だけが)
("誰かの名前"を──沈めるために、書かれている)
手が止まった。呼吸が浅くなる。
(この先に、真実がある)
(グラヴィオの……私への……)
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




