【本編】第25話:調査の夜
月影亭の表札には「本日休業」の札がかかっていた。
昼を過ぎたばかりなのに、門の内側はしんと静まり返っている。
(……昨日、あんなに酔っていたのに)
(あの様子、ただの酔いじゃなかった気がする)
心に引っかかる何かを確かめるように、私は裏口の方へと足を向けた。
けれど、呼び鈴を鳴らす前に扉が開く。
使用人の青年が、思わぬ来客に気づいたように小さく息を呑んだ。
【使用人】
「……失礼ですが、本日はお引き取りを」
言いかけて、彼の視線が私の修道院の服装に留まる。
慌てたように声を落とした。
【使用人】
「神殿の方が、屋敷の中におられます」
その言葉に、喉が詰まるような感覚が走る。
(……神殿? まさか、あの人が連れていかれる──)
(まだ、私は何も記していないのに)
(何も、確かめられていないのに)
【使用人】
「ご滞在でなければ、どうか……」
その時、奥から声が届いた。
【グラヴィオ】
「いい。通してくれ」
現れたのは、乱れたシャツの袖を片手で留めながら現れたグラヴィオだった。目元は少し赤く、けれど表情にはいつもの静けさが戻っている。
【グラヴィオ】
「神殿の目に触れないように……奥へ。見つかってはいけません」
促されるまま、私は一礼して屋敷の奥へと向かう。
その背中には、言葉にならない予感が、ゆっくりと重くのしかかっていた。
控えの書斎に通され、扉がそっと閉じられる。
外の空気は張り詰めていたが、この部屋は別世界のように静かだった。
古い本とインクの香り、そして、火の消えかけた暖炉。
グラヴィオは私の前に腰を下ろすと、小さく息をついた。
【グラヴィオ】
「……私は、あなたが神殿の任務を負っているから、怖いのではありません」
【グラヴィオ】
「本当に怖いのは……自分の感情と、あなたに対して何をしてしまったかを、見つめることです」
私は思わず言葉を飲み込む。
(……そう。私も、それを確かめに来た)
(あなたが、あの夜──わたしの家の、あの記録を……)
(でも、なぜ? どうして?)
けれど、問いかける声が出てこない。
【グラヴィオ】
「神殿から、次の命令が来ています」
「次に来るのは、報告の最終確認……たぶん、それで命運が決まるでしょう」
その静かな告白に、心が跳ねた。
(……だめ。誰かの記録で、あなたの罪を知るなんて)
【アメリア】
「私は、あなた自身の口から──」
そのとき、遠くから誰かの足音が響いた。
【使用人】
「グラヴィオ様。神殿で話を聞きたいと……」
彼はわずかに眉を寄せ、しかしすぐに柔らかな声で言った。
【グラヴィオ】
「……朝まで、ここにいてください」
「私は戻ってこれないかもしれません」
立ち上がりながら、彼は小さな包みを手渡してきた。
【グラヴィオ】
「……あなたに渡したいものがあります」
「これは詩です。記録でなく、ただの……詩です」
「でも……私にとっての真実です。たった一つの」
紐でまとめられた、厚い詩の包みだった。
【グラヴィオ】
「これは、告白ではありません」
「……赦されることを望んでいるわけでもない。
ただ、あなたには、真実を知る資格がある」
私は、そっと頷いた。包みを受け取った指先が、かすかに震えた。
("詩は、真実を隠すもの"……)
(グラヴィオの隠していた真実がここに……)
呼吸を整えながら、私は小さく頭を下げた。
【アメリア】
「……読ませて、いただきます」
扉の外で、神殿の靴音が近づいてくる。グラヴィオが出ていく。
私は包みを手に、残された書斎に座り込んだ。
まだ知らない中身の重さを感じながら。
けれど、もう手放せないと、胸の奥でわかっていた。
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




