【序章】共通3話:仮面の向こう
『咎の上に咲く花』
この物語は、「罪とは」「赦しとは」「記録とは何か」を問う、
恋愛×ファンタジー×構造ミステリ。
乙女ゲーム形式のマルチルート構成で、
主人公は6人の登場人物と出会い、
それぞれの“咎”と“記録”に向き合っていきます。
最後には、全ての真実が収束する“構造の中枢”に至ります。
(やっぱり、浮いてる)
舞踏会の熱気、仮面と香水の混ざった空気が私を圧倒する。
足元にすら煌びやかな装飾が施され、言葉も動作も、慎重に選ばないといけないような世界。 私は記録帳を抱え直す。
(だけど、記録する者として、怯えてばかりはいられない)
そう決意した瞬間──仮面の向こうから、視線を感じた。
ひとりの青年がゆっくりとこちらへ歩いてくる。黄金の髪が燭台の光を受けて輝き、紫の瞳には正義を貫くような意志が宿っていた。
その姿に空気が変わった気がした。
(どうして、こっちに?)
仮面越しでもわかる、まっすぐなまなざし。逃げようとしたのに、足が動かなかった。
【アデル】
「君は」
言いかけて、彼は口を閉ざした。その目は、まるで"そこにいてはならないもの"を見ているようで。だけど同時に、"そこに咲きかけてしまった蕾"を慈しむようでもあって。
【アデル】
「この国で、記録官を?」
【アメリア】
「はい」
【アデル】
「それは……」
彼の声に、わずかな迷いが滲んだ。まるで、言うべきか言わざるべきか悩んでいるような。
【アデル】
「記録というものは、時として重い責任を伴う。特に、この国では」
その言葉に込められた重みに、胸が少し締まった。
(わたし、見られている)
──そのとき。
【ジル】
「下がりなさい」
声が、空気を切り裂いた。いつの間にか現れた深い青みがかった髪をした騎士が、私と彼の間に立つ。
一瞬、その目がこちらを向いた。何かを失ったような影を湛えた瞳なのに、不思議と胸がざわめいた。その瞳の奥に、一瞬だけ困惑のようなものが走った。
まるで、見覚えのある誰かと出会ってしまった時のような──
(この目、どこかで……)
【ジル】
「王子に、それ以上近づくな」
(この方が──王子?)
(知らずに、そんな存在に近づいていたなんて……)
(私……なんてことを)
騎士の声音に怒気はなかった。けれど、それでも胸の奥がぎゅっと縮こまる。厳しい視線の奥に、なにか──別の感情が潜んでいる気がした。
守らなければならない何かに対する、切ない義務感のような──
(ちがう。私は……近づいたつもりなんて、なかったのに)
その視線に動けなくなっていた、そのとき。
【リュシアン】
「そんなに睨まなくても。見たところ、彼女は王都に不慣れなだけでしょう」
「好奇心が先走っただけ。"罪状"としては、可愛らしい部類です」
月光のような髪、澄んだ青い瞳をした美青年が現れた。左頬を覆う白い片側の仮面が、彼の表情の半分を隠している。その涼やかな印象とは裏腹に、声音にはどこか遊ぶような響きがあった。
【リュシアン】
「ずいぶんと真っ直ぐな目をしてますね」
「まるで、"何かを探している"みたいだ」
少し間を置いて、彼の視線が記録帳に落ちた。
【リュシアン】
「王族に近づくのは、あまり賢い選択じゃない。まあ、この国では"賢くない選択"をした記録官の末路は、だいたい決まってますが」
「その帳面──使いどころを間違えないように」
「"誰を記すか"で、君の立場は簡単に変わりますから。それこそ、存在ごと」
最後の言葉は、冗談めかした調子だったが、その奥に鋭い警告が込められていた。何かを見透かすようなまなざし。
私は何も言えず、記録帳を胸元に戻した。
(この人たちは、みんな何かを知ってる)
(でも、教えてはくれない)