【本編】第20話:責任の光
修道院の静かな朝。けれど私の心には、昨夜の光景が重く影を落としていた。 月影亭の外で、詩人が神殿に連れていかれる姿。
記されない者だった。だけど私は、知らずに彼を記していた──?
思い出すたび、胸が詰まる。
こうしている今も、無意識に手があのペンを探していた。
(……羽根ペンが、ない)
銀の意匠。母が遺してくれた、たったひとつの形見。
(昨夜の騒動で……落としたんだ)
神殿職員がサロンに踏み込んだ時、きっと――
私は手を胸元に当て、静かに息を吐いた。
(やっぱり……記すべきじゃなかったのかもしれない)
――ノックの音。
【エルノア】
「アメリア。少し、いいだろうか」
私は立ち上がり、扉を開ける。
そこには、静かな表情をしたエルノアがいた。
手にした封筒には、神殿の紋章。
【エルノア】
「神殿から、進捗の督促だ。期限も切られている」
私は封を開け、目を通す。
―――
記録官A殿
文化人グラヴィオ・カルネヴァレに関する調査について、二週間以内に詳細な報告書を提出すること。期限を過ぎた場合、庇護の再検討を含む措置を行う。
―――
(やっぱり)
昨日のざわめきが、現実になって押し寄せてくる。
【エルノア】
「君に悪意はなかった。だが……言葉は、ただの記録ではいられない」
「君の言葉が、誰かの目に触れた。それが、昨日の連行を招いた可能性もある」
(私が……)
【エルノア】
「記すことは、誰かを救うと同時に、誰かの隠れ場所を暴いてしまうかもしれない」
「それでも君は、選ばなければならない」
私は俯く。
【アメリア】
「じゃあ、私は……もう記すべきではないんでしょうか」
【エルノア】
「それは私が決めることではない」
「“記されること”の痛みを知る君だからこそ、記す意味を問える」
「誰のために、何のために。それだけは、見失うな」
少しだけ、目元が優しくなる。
【エルノア】
「君の選択を、私は見届けたい」
「どんな道を選んでも……私は、君の味方でいる」
私は深く息を吸い、記録帳を手に取った。
けれど、その隣にあるはずのものは、もうなかった。
記すために、いつもそばにあったもの。
今の私は、片割れをなくした記録帳みたいだ。
頁は、まだ白いまま。
でも、きっと。次にペンを手にするときは――
(もう、何も知らないふりはできない)
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




