【本編】第19話:騒動
【神殿職員】
「記録の確認が取れません。同行をお願いします」
外は、すでに暮れ始めた街灯のもと。
石畳の道。そこに、一人の男が数人の神殿職員に囲まれていた。
男は見覚えのある人物だった。月影亭の常連。
確か、言葉数は少ないが、詩を一篇だけ持ち込んだことのある、静かな男。
(記録の確認?)
【詩人】
「詩を書いただけだ。何も」
声が途中で掻き消された。
神殿職員に制され、男は引き立てられていく。
(ついに、月影亭に、神殿の手が)
心臓が跳ねた。
(まさか)
思考が一瞬、恐怖に飲まれる。
(わたし、記してしまった?)
(あの詩人を、わたしが記したせいで)
(じゃあ、グラヴィオは?)
戸口のそばに立っていた彼を見た瞬間、一瞬だけ、冷たい手が背筋をなぞった。
(彼も連れて行かれる?)
でも違った。職員たちは詩人だけを連れて、ゆっくりと月影亭から遠ざかっていく。それでも、私の膝は小さく震えていた。
そのとき、すぐ背後に、グラヴィオが立った。
【グラヴィオ】
「もう、誰かが見つかったようですね」
低く抑えた声。
けれどその手は、そっと私の肩に触れ、やさしく背後へと引き寄せた。
【グラヴィオ】
「見ない方がいい。あなたまで、名を問われるようになる」
(名を、問われる)
かすかな震えが胸に広がる。
グラヴィオの横顔には、怒りも、恐怖も浮かんでいなかった。
ただ――静かな諦めのようなものがあった。
【アメリア】
「あの人は、"記されない者"だったのでしょうか?」
【グラヴィオ】
「さあ。けれど、記録の空白は、いつも誰かの"咎"にされる」
彼の言葉は、やわらかくて、だからこそ重かった。
私はその晩、月影亭の帰り道をひとり歩きながら、何度も振り返った。
何かに見られている気がした。いや、もう"見つかってしまった"のかもしれない。
(記された者だけが、救われる世界)
(でも、記されたくないものだってあるのに)
曇り空の下、月だけが、雲間からぼんやりと覗いていた。どこに隠れても、もう遅いのかもしれない。
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




