【本編】第17話:街路での遭遇
夕暮れの街は、淡い灰色に染まりはじめていた。
石畳に落ちる影が少しずつ長くなり、街灯の灯りがぽつりぽつりとともりはじめていく。
月影亭へと続く坂道を歩きながら、私は小さく息を吐いた。
(昨日の記録……提出してしまった)
文化人に関する思想調査。
その任務の一環として、グラヴィオに関する報告を提出した。
「十三年前、記録局に所属していた」
……それだけ。
客観的な事実だけを記したつもりだった。
けれど、あの提出口の奥で感じた"気配"が、まだ胸の奥に残っている。
(ただの記録のはずだったのに)
その時――背後から、柔らかな声が落ちてきた。
【リュシアン】
「また、お会いしましたね」
振り返ると、街灯の淡い光のもとに、あの青年の姿があった。
【リュシアン】
「君がここに来るのは、もう"偶然"じゃないと思っていました」
彼の笑みはやわらかい。
けれどその目は、まっすぐに私の中を見透かすようだった。
【アメリア】
「記録の散策です。少し、月影亭に寄ろうかと」
【リュシアン】
「文化人たちの動向。記す価値のあるもの、ですね」
微笑のまま交わされる言葉。
だが、その内側に何か別の色を感じる。
【リュシアン】
「……ところで。君は、"何を記すために"筆を取っていますか?」
唐突な問いに、言葉が詰まる。
【アメリア】
「記録官として、任務に沿って」
【リュシアン】
「"任務に沿って"?」
「君が記したことが、誰かを救うかもしれない。あるいは、誰かを――壊すかもしれない」
(……まさか)
【リュシアン】
「神殿が、最近"新しい文化人"の記録調査に動いています」
「……もしかしたら、グラヴィオかもしれないし、別の誰かかもしれない」
「ただ、記された記録が、思わぬ波紋を呼ぶこともあるということです」
その言葉に、胸の奥が冷たくなった。
(……私が記したことと、関係が?)
【アメリア】
「あなたは、彼を知っているんですか?」
【リュシアン】
「少しだけ。古い記録の中に、彼の名を見かけたことがあります」
「"死亡記録を担当していた記録官"という記述もありました」
(……死亡記録)
【リュシアン】
「でも、本当に知っているかと問われれば……答えは"いいえ"ですね」
「だから、知りたいんです。僕は、真実を記したい――たとえそれが、不都合なものだったとしても」
静かなその言葉に、何か重たい温度を感じた。
【リュシアン】
「君も、きっと何かを隠している。……違いますか?」
視線が、そっと私を射抜く。
【アメリア】
「私には、記すべき任務があるだけです」
【リュシアン】
「記録官は、"観察者"ではいられない。記すことで、誰かの存在を決定づけてしまうことがある」
【リュシアン】
「……たとえば君が、彼の名前を記したとする。その瞬間に、彼の"咎"が再び動き出す可能性だってあるんですよ」
(咎……?)
【リュシアン】
「人の生死を記すというのは、それほど重いことです」
一歩、彼が近づいてくる。
【リュシアン】
「僕は、王宮の報道官です。事実と声を拾い、国に届ける仕事をしている」
「でも――"君の声"は、まだどこにも届いていない気がする」
その言葉が、どこか胸を刺した。
【リュシアン】
「記録官アメリア。君が"誰かを記す"とき、その筆の先にいるのは――本当に、他人ですか?」
そう問いかけてから、彼はわずかに微笑み、背を向けた。
【リュシアン】
「……君の記録が、正しいものになることを願っています」
夕闇に溶けるように、彼の姿は静かに遠ざかっていった。
私はその場に立ち尽くす。
(私の筆が、誰かの運命を動かす?)
胸の中の靄は、より深く、重くなっていくばかりだった。
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




