表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/43

【本編】第16話:記録という檻

神殿への報告書。 それを書くことが、こんなに辛いなんて。


昼下がりの中央図書院で、私は記録用の筆を走らせていた——

グラヴィオ・カルネヴァレに関する「思想調査」を。

彼の詩、彼の言葉、その記録を神殿に提出するために。


("詩は記録ではない"と言っていたけれど……)


私は、彼の交友関係や言葉の傾向を、できるだけ客観的に記していく。

それは、どこか「わたしの感じたこと」から距離を取る作業だった。

けれど――


(昨夜の詩……)


咲かないままの蕾。名も呼ばれなかった存在。

それでも「君がいたことは美しい」と綴られた詩。


(あれは、わたしに……?)


筆が止まり、胸がざわつく。……真実を知らなければ。

思い切って、記録官の旧名簿を手に取った。Gの欄。斜線で消された名があった。

Gravio Carnevale

上から「転出」の赤い印字。


(元記録官だったのは知っていたけれど)


転出の理由や、具体的にどのような記録を扱っていたのかは記載されていない。ただ、十三年前に記録局を離れたことだけは分かる。


(十三年前……)


手が止まる。私が10歳だった、あの秋。

家族に何かが起きた時期と一致している。


(偶然……?)


記憶が曖昧だった。

当時のことは、断片的にしか覚えていない。

でも、時期が一致するのは気になる。


(グラヴィオが記録官だった頃、何があったのだろう)


でも、これだけでは何も分からない。

単なる偶然かもしれないし、深読みしすぎかもしれない。

震える手で、記録帳を開く。事実を記さなければならない。

推測は記録ではない。確かな事実だけを。


『文化人グラヴィオ・カルネヴァレについて:

 過去、記録局に所属していたことが確認された。

 十三年前に転出。転出理由は記載なし。

 現在は詩人として活動。詳細な調査が必要と思われる』


(……これくらいなら)


事実だけを記した。推測や疑念は記録に含めなかった。

でも、胸の奥のざわめきは消えない。


(もしかして……)


記録帳を閉じたとき、遠くで、かすかな鐘の音が鳴ったような気がした。


―――


任務の提出は時間外だった。

けれど、図書院の奥――神殿職員用の「時間外提出口」へと足を向ける。


一般市民の立ち入りは禁じられた、静かな石扉の前。

壁に埋め込まれた投函口が、ぴたりと口を閉じていた。

記録帳の写しを差し込むと、機械仕掛けのような音を立てて、ゆっくりと飲み込まれていく。


(……終わった)


一歩、後ずさったそのとき。

誰もいないはずの扉の奥で――何かが"動いた"気配がした。

目に見えない視線。空気がわずかにざらついた。


(……誰か、いるの?)


ただ記録を入れただけ。

けれど、まるで"わたしという存在"そのものが、どこかに記されたような感覚。振り返っても、誰もいなかった。

でも、確かにあった。何かが「確認した」という、あの"気配"。

私は逃げるようにその場を離れた。記した言葉は戻らない。


(記録官として、事実を記しただけ)

(でも、なぜこんなに心が重いの?)


胸の奥で小さくささやく声があった。


(十三年前の一致は、本当に偶然?)

(それとも……)


今はまだ、推測でしかない。

でも、答えはもうすぐそこまで来ている。 私が気づくよりも早く——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ