【本編】第16話:記録という檻
神殿への報告書。 それを書くことが、こんなに辛いなんて。
昼下がりの中央図書院で、私は記録用の筆を走らせていた——
グラヴィオ・カルネヴァレに関する「思想調査」を。
彼の詩、彼の言葉、その記録を神殿に提出するために。
("詩は記録ではない"と言っていたけれど……)
私は、彼の交友関係や言葉の傾向を、できるだけ客観的に記していく。
それは、どこか「わたしの感じたこと」から距離を取る作業だった。
けれど――
(昨夜の詩……)
咲かないままの蕾。名も呼ばれなかった存在。
それでも「君がいたことは美しい」と綴られた詩。
(あれは、わたしに……?)
筆が止まり、胸がざわつく。……真実を知らなければ。
思い切って、記録官の旧名簿を手に取った。Gの欄。斜線で消された名があった。
Gravio Carnevale
上から「転出」の赤い印字。
(元記録官だったのは知っていたけれど)
転出の理由や、具体的にどのような記録を扱っていたのかは記載されていない。ただ、十三年前に記録局を離れたことだけは分かる。
(十三年前……)
手が止まる。私が10歳だった、あの秋。
家族に何かが起きた時期と一致している。
(偶然……?)
記憶が曖昧だった。
当時のことは、断片的にしか覚えていない。
でも、時期が一致するのは気になる。
(グラヴィオが記録官だった頃、何があったのだろう)
でも、これだけでは何も分からない。
単なる偶然かもしれないし、深読みしすぎかもしれない。
震える手で、記録帳を開く。事実を記さなければならない。
推測は記録ではない。確かな事実だけを。
『文化人グラヴィオ・カルネヴァレについて:
過去、記録局に所属していたことが確認された。
十三年前に転出。転出理由は記載なし。
現在は詩人として活動。詳細な調査が必要と思われる』
(……これくらいなら)
事実だけを記した。推測や疑念は記録に含めなかった。
でも、胸の奥のざわめきは消えない。
(もしかして……)
記録帳を閉じたとき、遠くで、かすかな鐘の音が鳴ったような気がした。
―――
任務の提出は時間外だった。
けれど、図書院の奥――神殿職員用の「時間外提出口」へと足を向ける。
一般市民の立ち入りは禁じられた、静かな石扉の前。
壁に埋め込まれた投函口が、ぴたりと口を閉じていた。
記録帳の写しを差し込むと、機械仕掛けのような音を立てて、ゆっくりと飲み込まれていく。
(……終わった)
一歩、後ずさったそのとき。
誰もいないはずの扉の奥で――何かが"動いた"気配がした。
目に見えない視線。空気がわずかにざらついた。
(……誰か、いるの?)
ただ記録を入れただけ。
けれど、まるで"わたしという存在"そのものが、どこかに記されたような感覚。振り返っても、誰もいなかった。
でも、確かにあった。何かが「確認した」という、あの"気配"。
私は逃げるようにその場を離れた。記した言葉は戻らない。
(記録官として、事実を記しただけ)
(でも、なぜこんなに心が重いの?)
胸の奥で小さくささやく声があった。
(十三年前の一致は、本当に偶然?)
(それとも……)
今はまだ、推測でしかない。
でも、答えはもうすぐそこまで来ている。 私が気づくよりも早く——




