【本編】第15話:恋を語る夜
サロンの広間に戻ると、蝋燭の灯がいくつも揺れていた。
(まるで、わたしみたい)
香と低いざわめきに包まれた空間で、今夜は「恋を語る夜」が開かれていた。
小さな円卓を囲むように椅子が並び、それぞれが詩集を手に取っていく。
読み上げられる恋の詩は、甘く、切なく、ときに痛みすら含んでいて──
(これは、記してもいい想いなの?)
誰もが、それを"咲いていいもの"として受け入れていた。
でも私の心は、まだ揺れ続けている。 あの人に見透かされた不安と、それでも離れたくない想いで。
【カリーナ】
「私……愛された記憶があるんです」
「だから、名を記される恋が、こわくないのかもしれません」
一瞬だけ、室内が静まった。
けれどカリーナは、怯むことなく微笑んだ。
美しく整えられた髪。背筋を伸ばした姿勢。
それは、恋を"記録"として受け止める者の覚悟のようだった。
(わたしには、まだ無理)
名前を呼ばれる恋。
それは、世界に知られてしまう恋。咎にもなりうるもの。
やがて、グラヴィオが詩集を手に立った。
【グラヴィオ】
「咲かない恋というものも、あるようです」
「咲いてしまえば、もう戻れない。けれど、咲かないままなら──」
一呼吸、置かれた沈黙。それがまるで、"問い"のように感じられた。
【グラヴィオ】
「蕾のまま、記されることなく。それでも、誰かの記憶の中だけで咲く恋があるなら」
「それは、赦しと祈りのようなものかもしれません」
朗読される詩。
【グラヴィオ】
「ああ 美しい蕾が私の目の前に
誰にも知られることなく咲こうとしている
記録されぬ場所で、静かに」
その瞬間、グラヴィオの瞳がこちらに向いた。やわらかく、けれど決して逸らされることのない視線。
(わたしのこと?)
胸の奥で何かが跳ねた。
(彼はすべてを知っているはずなのに)
(どうして、美しいなんて)
困惑と、それでいて嬉しさが胸を満たしていく。
記録されぬ場所で——そう、私の居場所を理解してくれている。
隠れて生きている私を、否定しない。
(でも、なぜこんなに優しいの?)
彼の視線が私を捉えるたび、息が詰まりそうになる。
(正体を知られているのに、それでも嬉しくて)
これが……恋?
詩は終わり、拍手が波のように広がっていく。
グラヴィオは目を伏せ、静かに席へと戻った。
その背を見送りながら、私はそっと自分の胸に手を当てた。
(記されない恋……)
(確かに、この思いは記録に残せない)
(でも、それでもいいと言ってくれている)
不安と喜びが入り混じって、胸が締めつけられた。
(本当に、このままでいいの?)
(私は、騙されているのではないの?)
それでも、心の奥で芽生えた想いは、もう止めることができなかった。
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




