【本編】第13話:沈黙の空白
王都の中央図書院を出たときには、空はすでに鉛色に沈んでいた。
(まだ、終われない)
胸のざわめきが、足を月影亭へと向かわせていた。
その夜は雨が降っていた。
月影亭の門をくぐったとき、肩にかけていた外套はすでに湿っていた。
受付の使用人が軽く目を見張る。
【使用人】
「これは、失礼いたしました。どうぞこちらへ」
通されたのは、サロンの裏手にある控えの間だった。
普段は客の目に触れない場所。飾り気のない空間。
けれど、不思議と、あたたかい気配があった。
(誰かの気配が、残ってる)
使い込まれた椅子。壁際に積まれた本。
詩の断片が書かれた紙片が、そっと置かれている。
控え室というには、あまりに"個人的"な空気。
(グラヴィオの、部屋?)
戸惑いかけたそのとき。
【グラヴィオ】
「濡れてしまいましたね」
すぐ背後から、やわらかな声が落ちてきた。振り返ると、彼がそこにいた。
手にはリネンと、替えの羽織。
【グラヴィオ】
「よければ、これを。火のそばで、お使いください」
「あまり冷えると、あとに響きますから」
(やさしい)
その手つきも、声も、どこか慣れていて、
けれど、まるで"わたし"だけを気にかけてくれるような
──不思議な特別さがあった。
【アメリア】
「ありがとうございます」
布を受け取った瞬間、指先がわずかに触れた。
けれど彼は、なにも言わず、やさしく目を伏せたままだった。
(こんなふうに、誰かを迎えることに、慣れているの?)
問いかけたい気持ちを飲み込んで、
私は言われたとおり、火のそばの椅子に腰を下ろす。
グラヴィオはそれ以上は何も言わず、静かに部屋を後にする。
「少しだけ整えてきますので」とだけ残して。
去り際に一度だけ、こちらを振り返ったその瞳が、灯の揺れに溶けて──ふしぎと、胸に残った。
―――
──残された静けさのなか、視線が自然と、棚の一角に向いた。
紙束があった。展示用ではない。
けれど、目につく場所に、そっと置かれていた。
吸い寄せられるように、私は一枚の紙を手に取る。
(この詩……まるで、わたしのことを書いているみたい)
誰の名前も記されていない。
けれど、確かに、"わたし"の奥をなぞられた気がした。
(でも、わたしのことなんて、誰も知らないはず)
(まさか……)
息が止まりそうになる。指先も震えた。
詩の下の空白が、まるで沈黙の中に残された問いのようだった。
この詩を見つけたことが、間違いだったのかもしれない——




