【本編】第12話:疑念と静かな予感
古い紙とインクの匂い。
王宮の中央図書院で、私は詩集を探していた。
(あの人の詩に、似たものはないだろうか)
(手がかりが、何か見つかるかもしれない)
昨夜、記録帳に書いた想いが──消えていた。
あの人が言っていた「咲かせてはいけない感情は、記録帳から沈むことがある」という言葉。でも、本当にそれだけだろうか。
(他の記録は、消えていなかった)
なら、わたしの想いだけが、なぜ──?
数冊の詩集をめくってみる。
けれど、どのページにも──それらしい痕跡はなかった。
名前のない詩、あるいは美しいだけの言葉たち。
"沈黙の記憶"を呼び起こすようなものは、どこにもない。
(やっぱり、ここじゃないのかもしれない)
ページを閉じかけたとき、本棚の向こうで足音が止まった。
顔を上げるより早く、声が落ちてきた。
【リュシアン】
「また、お会いしましたね」
振り返ると、あの青年がいた。
柔らかな笑みを浮かべながら、目はまっすぐにこちらを見ている。
【リュシアン】
「最近、"消された記録"について調べている方が多くて」
長い沈黙。
【リュシアン】
「特に、十三年前の件について。危険な香りがしませんか?」
背筋が凍りついた。
(十三年前……まさか)
【リュシアン】
「記録を探す方が、詩を読んでいる。少し不思議だったので」
【アメリア】
「どういう意味でしょうか」
【リュシアン】
「いえ。どこかで見たことのある光景だと思っただけです」
彼の視線が、私が閉じかけた詩集に一瞬だけ落ちた。
【リュシアン】
「名を記さずに済む方法は、いくつかあります」
「詩も、その一つかもしれませんね」
【リュシアン】
「もっとも、痕跡を残しすぎた人ほど、後でよく見つかっている気もしますが」
そのまま、彼は背を向けて歩き去っていった。
ふと、彼が立ち止まり、こちらを振り返る。
【リュシアン】
「名前、まだでしたね」
「リュシアン・リヒテンタール。
王宮の報道官をしています──記録を辿る仕事を、少し」
そして、いたずらっぽく笑う。
【リュシアン】
「安心してください。君を記すつもりは、まだ、ありませんから」
そのまま、夜の通路の奥へと姿を消していった。
私は開きかけた詩集を閉じ、棚に戻す。
(見つけられそうになった)
(私の名前じゃない。わたし自身が──)
(そして、十三年前……一体何があったの?)
胸の奥に、新たな恐怖と疑問が芽生えていた。
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




