【本編】第9話:温もりの正体
夜のざわめきから、少しだけ離れた空間。
グラヴィオが、静かに一つのカップを差し出してきた。
今度は白磁ではなく、素焼きの温かみのある陶器。
中に注がれていたのは、ハーブの香りがするあたたかな茶だった。
【グラヴィオ】
「この前とは、違う味ですが」
少し間を置いて、彼は続けた。
【グラヴィオ】
「でも、同じように……あたたかいと思います」
受け取ったカップを両手で包むと、指先に優しい温度が沁みていった。
【アメリア】
「ありがとうございます」
一口含むと、記憶とは違うけれど、同じような安らぎが胸に広がった。
【グラヴィオ】
「あなたの記録帳……いつも、白い頁が多いですね」
その言葉に、少しドキリとした。
【アメリア】
「書きたいことが、見つからなくて」
【グラヴィオ】
「書きたくないこと、の間違いでは?」
やわらかな問いかけ。けれど、核心を突いていた。
【グラヴィオ】
「記すというのは……誰かを"晒す"ことです」
「君のような立場の者にとって、それがどれほど危ういことか」
(立場?)
【グラヴィオ】
「名を隠して生きる者は、知らずに痕跡を残してしまう」
「それに気づけるのは、かつて同じ場所に立った者だけです」
その言葉に、胸が小さく震えた。
【アメリア】
「あなたも?」
【グラヴィオ】
「昔、記録を仕事にしていました」
「けれどある日……自分の書いた言葉で、縛ってしまったものがあると知った」
「その時、私は"記すこと"が怖くなった」
「だから詩人になったんです。真実を、ほんの少しだけ隠すために」
(元記録官)
ようやく、彼の言葉の重さに納得がいった気がした。
【グラヴィオ】
「記されないまま在ることの美しさを、私は知っています」
「だから……君がそのままでいることを、誰も責められない」
「でも同時に……記される覚悟を決めた者の美しさも、知っている」
静かな言葉だった。
けれど、その奥に、選択への導きが込められていた。
私は、カップを両手で包み込みながら、そっと目を伏せた。
(記されるということ)
(それは、隠れていた蕾が、ついに咲くということと、同じなのかもしれない)
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




