【本編】第6話:再訪と使命
『咎の上に咲く花』
名前を奪われたヒロインと、記録に囚われた人々の物語。
女性主人公 × 恋愛要素あり × 感情と記録をめぐる構造劇。
「記されること」とは何か。「赦し」とは何か。
咎と祈り、そして“記録されなかったもの”に向き合う物語を、
ノベルゲーム形式で制作中です。
(今夜は、あの人から招待状が届いていた)
ふたたび訪れた、月影亭。
形式ばらず、けれど丁寧な筆跡を思い出すたび、気持ちが少し揺れる。
郊外の丘に建つその館は、今夜も静かに灯をともしていた。
(でも、今日は記録を取る)
舞踏会のあとに届いた任務。
"文化人たちの動向と、思想の傾向を記せ"
曖昧で遠まわしな指令。
けれど、断る理由も見つからなかった。
(どうして、私なのだろう)
記録官見習いにとって、任務は割り当てられるもの。
名を呼ばれて指示を受けることなど、滅多になかった。
(まるで、誰かに"選ばれた"みたい……)
言葉にすれば大げさだけど、それでも小さな違和感が、胸のどこかに残っていた。
私は、そっと羽根ペンと記録帳を取り出し、部屋の隅に置かれた小さな机へと腰を下ろす。
──そのとき、声がした。
【カリーナ】
「あなた、この前、グラヴィオ先生を目で追ってたわね?」
「わかるわ。あの人、沈黙まで詩にしちゃうから」
思わず、視線が泳ぐ。
彼女はワインを揺らしながら、楽しげに笑った。
その瞳は、手にするワインと同じ深い紫色。
赤みを帯びた紫が、ろうそくの光で艶やかに輝いている。
(私と似ている……でも、全然違う)
栗色の髪は華やかに結い上げられ、宝石のピンが光っている。
私のきちっとまとめた髪とは対照的に、まるで夜の花のような美しさだった。
【カリーナ】
「名前を呼べない想いって、ふいに咲くのよ。
気づいたときには、手のひらじゃもう隠せなくなってるわ」
軽やかな笑みを残し、彼女はまた人の輪へと戻っていった。
(名前を呼べない想い……)
(彼女は、きっと自分の名前も、想う人の名前も、自由に呼べるのだろう)
私は、そっと目を伏せた。
誰の名前も呼ばずに、羽根ペンの先で揺れる感情を、記録に残さぬように、胸の奥に沈めた。
灯りの向こうに、あの髪が揺れた気がした。
(……グラヴィオ)
誰かに囲まれているはずなのに、彼だけが音を立てていなかった。
まるで──空気の奥に沈んでいくような静けさで、彼はそこに"在った"。
なのに、どうして。
名前で呼べないその人のことを、こんなにも目で追ってしまうんだろう。
その瞬間、胸の奥に、名もない感情がふわりと芽吹いた気がした。
それは──まだ言葉にも、記録にもできない、とても小さな"なにか"。
(これは、恋じゃない)
(でも、もしそれに名前をつけられるなら)
それは、夜の灯に似た、淡くやさしい光だった。
——記してはいけない、光。
※本作は架空世界の記録制度を主題とした恋愛劇です。実在の宗教・政治とは関係ありません。




