第九話:観測点の座標
夜のキャンパスを抜け、3人は人気のない川沿いの歩道へと身を潜めていた。
「……ひとまず、ここなら追跡は振り切れたと思う」
朱音は小さく息を吐き、バッグからタブレットを取り出す。
「N.O.V.A.が本気で動き始めた。あの研究室には、盗聴と自動報告の仕掛けが施されてた。もう学内にもいられない」
「何なんだよ、あの組織……」
石田が低く唸る。遼は、手の中の本をじっと見つめていた。
そして──そのページに、再び動きが現れる。
文字が、勝手に浮かび上がった。
「観測点:N35°39′00″E139°44′00″」
「座標……?」
朱音がすぐに解析アプリを開き、数値を入力する。
「……場所は、東京都千代田区の一角。
でもここ、特に有名な施設も観光地もない。強いて言えば──古くから神田の“神域”と呼ばれてた地域」
「神域……?」
遼がつぶやくと、石田が補足した。
「江戸以前からの地図にも残っている“結界地”。かつてはそこに何かの“扉”があったという記録もある」
「“扉”って……?」
「世界の“内と外”を隔てる……そんな風に記されていた。
アトランティスやマヤ文明でも、似たような言い伝えがある」
遼の心臓が鼓動を強める。
(これは偶然じゃない。いや──本が導いてる)
⸻
翌日、3人は地図を頼りに千代田の座標地点に向かった。
高層ビルが立ち並ぶ一角、その裏手に、わずかに人の出入りがない古びた洋館があった。
門には鍵がかかっておらず、押すとギイと音を立てて開いた。
「……この建物だけ、明らかに“時代”が違う」
朱音がそう呟いた直後、遼のスマホが勝手に起動し、例のロゴが浮かぶ。
「N.O.V.A.観測点に接続中──」
「識別コード:久賀遼」
「認証完了。“記録者”としてアクセスを許可」
石田が絶句した。
「君が……アクセスを許可されている?」
遼はうなずきながら言った。
「……つまり、ここが“本当に書かれている場所”だ」
⸻
建物内部は驚くほど清掃されており、古いが生活感はなかった。
だが──奥の部屋へと足を踏み入れた瞬間、3人は立ち止まった。
そこにあったのは、壁一面に張られた世界地図と年表、
そして中心には、数冊の“同じ本”が並んでいた。
だが──そのすべてに異なるタイトルが付いている。
『書かれた災厄』
『書かれた救済』
『書かれた神々』
『書かれた未来』
「全部、“書かれた”で始まってる……」
遼が呟いた瞬間、奥の机の上にあった一冊の本がひとりでに開き、真新しいページに言葉が刻まれた。
「久賀遼、“記録者”としての初記述を許可。あなたが書いた言葉が、世界を再構築する」
(再構築……?)
朱音が静かに言った。
「つまり、あなたがここで何を書くかで、これからの世界が“上書きされる”」
遼は、ふと石田の手元にあった紙に目をやる。
そこには彼が夜な夜な書き留めていたという、古代文字の断片が並んでいた。
(これらが、もしかすると……“真の言語”なのか?)
ペンを取ろうとした瞬間、突然部屋の奥から──
「“それ”を書く前に、確かめるべきことがある」
重く低い声が響いた。
3人が振り向くと、黒いコートの男が立っていた。
その胸元には、銀色に輝く“N.O.V.A.”の記章。
「君たちはまだ、“本当の黒幕”を知らない」
第9話では、久賀遼たちが“観測点の座標”へと導かれ、
ついに世界を書き換える“中枢”とされる場所へとたどり着きました。
そこに存在した複数の“書かれた本”──
そして、現れた黒コートの男は一体誰なのか?
N.O.V.A.の中枢と“本当の黒幕”の正体とは──?