第七話:書かれた彼女
朱音の姿が消えたその朝。
久賀遼は、呆然としながらもあの本のページを開き続けていた。
前夜までは白紙だったはずのページの中央に、
うっすらと浮かび上がる**「御堂朱音」**の名前。
──そして、そのすぐ下に、ぼやけた日付。
(これは……彼女が“消える日”を示してるのか……?)
遼は思わずページをめくった。
次のページには何も書かれていないが、紙の端が湿って波打っていた。
(誰かが……泣きながら触れたみたいだ)
そのとき、スマホが震えた。
画面には、“非通知”からのメッセージ。
「彼女を探すなら、高輪の図書館の地下へ来い。
書かれた運命の全ては、そこから始まった。」
(誰だ……?)
しかし、思い当たる節は一つだけあった。
朱音がかつて言っていた、「父が最後に向かった場所」が、高輪図書館の地下閲覧室だったという話。
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図書館にたどり着いた遼は、受付の職員に尋ねた。
「地下閲覧室を利用したいんですが」
「……招待状はお持ちですか?」
「は?」
受付は無表情のまま、小さな紙を差し出した。
「本日はこちらの招待者以外、閲覧室の利用はできません。──久賀遼様」
(……俺の名前?)
紙には、確かに「久賀遼」と書かれていた。
その場にいた他の職員たちが、一斉に目を伏せる。
まるで、「この名前を見たら通せ」と誰かに“書かれていた”かのように──
⸻
地下の閲覧室は、重厚な鉄の扉に囲まれていた。
遼が中に入ると、灯りのついた狭い部屋の中央に、朱音の姿があった。
「──朱音!!」
遼が駆け寄ろうとした瞬間、何かが頭に響いた。
「まだ、近づくな。彼女は“観測の中心”にいる」
声は、部屋の奥に立つ男からだった。
長身の白髪の男──黒のスーツに、赤いネクタイ。
胸には「NOVA」のロゴが記されたIDがぶら下がっている。
「あなたが……N.O.V.A.の……」
「我々は、“世界を管理する観測者”。
御堂朱音は、自らの意志で“書かれた者”となった」
遼は目を見開いた。
「どういう……意味だ?」
朱音が、静かに口を開く。
「……私の名前が“本に現れた”時点で、私はもうただの存在じゃない。
この世界にとって、“記録される対象”になったの。
自分を消すか、それとも……書かれ続けることを選ぶか、それしかなかった」
「じゃあ、お前は……消えかけてたのか?」
朱音は、小さく頷く。
「でもあなたが……“本を読んだ”。
だから私は、まだここにいる」
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男が遼に向かって手を差し出した。
「ようこそ、久賀遼。
君は“選ばれた観測者”だ。本を読む者ではなく──“書く者”として」
「……何?」
「この世界の未来を、君が書く立場にある。
すでに最初の一文は始まっている。剛志の死、朱音との出会い、すべては君の“書いた結果”だ」
遼は、強く頭を抱えた。
「そんなの……俺が望んだことじゃない!」
だが、男は静かに言い放った。
「だが君は、あの本を“選び”、そして“持ち帰った”。
それが何よりの“意思表示”だ──世界を、書き換える者としてのな」
⸻
遼は、その場で本を開いた。
ページの中央には、新たな一文が浮かび始めていた。
「久賀遼は、その時初めて、“運命を記す手”を持っていたことに気づいた──」
そして、朱音の隣で、本が自ら開いた。
「次に“書かれる名前”は──」
ご覧いただきありがとうございました。
第7話では、ついに朱音の“消失”の理由と、彼女が“観測される者”であることが明かされました。
そして、主人公・久賀遼が実は“書く者”としての力を持ち始めていることが判明。