第三話:神社と封印
翌日の午後、久賀遼は仕事を早退し、坂道をゆっくりと登っていた。
目的地は──八重垣神社。
子どもの頃から馴染みのある静かな神社であり、気持ちを整理したいときにふらりと訪れる場所でもあった。
だが今日、その神社はただの癒しの場ではない。
剛志の遺したメモに書かれていた「八重垣」とは、ここだった。
境内に足を踏み入れると、変わらぬ穏やかな雰囲気が広がっていた。
風が紙垂を揺らし、鈴の音が微かに耳を撫でる。
「よう、久賀さん。久しぶりですね」
社務所から顔を出したのは、御神 和繁。
白髪混じりの髪に柔らかな笑顔。いつもと変わらぬ、優しい神主だった。
「……御神さん。少し、話せますか?」
「ええ、ちょうどお茶を淹れたところです。どうぞ」
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社務所の奥、畳の上に腰を下ろした遼は、あの本のことを語った。
剛志の死、書かれていた日付、朱音との出会い、そして──「八重垣」と記されたメモ。
御神は茶をすする手を止め、ゆっくりと頷いた。
「やはり……彼は、触れてしまったんですね。あの“書”に」
「……知ってるんですか? あの本のことを」
「知っているというより、“代々伝えられてきた”と言った方が正しいかもしれません」
御神は立ち上がり、棚の奥から一枚の古い巻物を取り出した。
慎重に広げると、そこには奇妙な図形と、あの本に刻まれていた記号と酷似した“紋様”が描かれていた。
「これは、八重垣神社に封じられていた“ある物”の印です。
この神社は、本来“願いを叶える”神ではなく、“言葉と運命を封じる”神を祀っていたんです」
遼は思わず息を呑んだ。
「剛志さんが見つけた本……それは、おそらく“その封印の外”にあったもの。
誰かが封を解き、誰かがそれを拾い、そして──あなたが触れた」
「それって、俺が……何か、選ばれたとか、そういう……?」
「“選ばれた”かどうかは、本が決めることです。
ただし……触れてしまった者は、“書かれる側”ではいられなくなる」
その言葉に、遼の背筋が冷たくなった。
「もし、あなたがこれからもその本を読み続けるなら……覚悟してください。
書かれる未来ではなく、“書く未来”を選ぶ覚悟を──」
⸻
その夜、家に戻った遼は本を開いた。
何も書かれていないページが、一枚だけ挟まっていた。
そして、その裏には見覚えのない、自分の名前が走り書きされていた。
「……これは……?」
文字はまるで、新しく追加されたかのように濃く、にじんでいた。
ご覧いただきありがとうございました。
第3話では、ついに神社と“本”の関係が明かされ、御神和繁が物語の中心に関わりはじめました。
「運命は書かれるものではなく、選ぶもの」。
この言葉が、今後のキーワードになっていきます。
次回、
**第4話「観測者の名前」**では、空白のページに現れた“久賀遼の名前”が意味するもの、
そしてN.O.V.A.の追跡が、ついに2人に迫ります。