第二話:朱音の記憶
「……どうして、その本のことを知ってるんですか?」
カフェの席に着き直した久賀遼は、目の前の女性を警戒しながらも本を抱えたまま問いかけた。
御堂朱音は、カップの縁を指でなぞりながら、どこか遠くを見るように言った。
「“知ってる”んじゃない。“見たことがある”のよ。十年以上前に、そっくりな本を──」
彼女の言葉に、遼は言葉を失った。
この本は、ただの古書ではなかったのか? 自分が偶然手に入れたと思っていたのは、実はもっと大きな何かの一部だったのか。
朱音はふぅと息を吐き、続けた。
「昔、とある教授の研究室で、その本と同じ“装丁のもの”を一度だけ見たことがあるの。厳重に保管されていて、中身を読んだ者は発狂したって噂まであった。私はほんの数ページだけ覗き込んだだけ……それでも、今でも夢に見るのよ」
「夢?」
「本に書かれていた出来事が、次々に現実になっていったの。でもそれを言ったところで、誰も信じないでしょう?」
遼は無言のまま、再び自分のバッグに入れた本へと視線を落とした。
彼もすでに体感していた。剛志の死──そしてその日付が本に書かれていた事実を。
朱音は、静かに語りかける。
「あなたがその本に触れたのなら、もう“観測者”として認識されたわ。たぶん、これから色んなものが変わる」
「……何が?」
「世界よ。認識が変われば、現実が変わる。
あの本は“神の書”なんかじゃない。もっと厄介な、“書いた者の意志”なのよ」
⸻
その日の夜、遼は帰宅して本を再び開いた。
ページの隙間に、何かが挟まっているのに気づく。
小さなメモ用紙。手書きの走り書きがあった。
『NOVA:神の代理人に注意しろ。
生き残りたければ、「八重垣」を訪ねろ。』
─ 剛志
「……八重垣?」
遼は呟いた。
どこかで聞き覚えがあるその名前。そうだ──
自分がよく訪れていた、小高い丘の上の小さな神社。
八重垣神社。
そしてそこには、いつも優しい笑顔で迎えてくれる神主──**御神 和繁**がいた。
まさか。
まさかあの神社が、これに関係しているのか?
⸻
八重垣神社の夜は、静かだった。
風が紙垂を揺らす音だけが、空気を切っていた。
御神和繁は、境内をゆっくりと歩きながら、何かを感じ取っていた。
「……来たか。やはり“あの本”は、また動き始めたんだな──」
ご覧いただきありがとうございました。
第2話では、御堂朱音の過去と、“あの本”の断片的な歴史が語られました。
徐々に明らかになっていく、予言書ではなく“書かれた現実”。
それを書いた者とは誰なのか?
そして、剛志が遺した謎のメッセージ──「八重垣」とは?
次回、
**第3話「神社と封印」**では、久賀遼が八重垣神社を訪ね、
神主・御神和繁が初めて「助言者」として物語に深く関与していきます。