第一話:始まりの本
平凡なサラリーマン・**久賀遼**は、大学時代の親友・高倉剛志の家で久々の酒を酌み交わした夜、朝を迎えると彼が冷たくなっているのを発見する。
剛志の胸には、奇妙な黒い本。焦げたような装丁、異様な記号、どこか神聖で、それでいて不気味な存在感──遼はその本に、理由もなく強く惹きつけられ、気づけばそれを咄嗟に持ち帰っていた。
警察の調査の結果、死因は「急性心不全」。だが、健康だった彼が突然死ぬ理由など見当たらない。
疑問を抱いたまま遼がその本を読み始めたとき、ページに記されていたのは──剛志の死の日付だった。
本の真相を探るなか、遼は神話研究者の女性・**御堂朱音**と出会い、世界の裏で人類の運命を管理するという秘密組織、
N.O.V.A.(ノヴァ) ― Nexus Of Vast Authority
の存在に近づいていく。
これは、「書かれていた運命」と、「まだ書かれていない未来」の狭間で揺れる者たちの物語。
「……うぅ、頭重い……」
久賀遼は、見慣れない天井をぼんやりと見上げながら、ソファの上で体を起こした。
散乱する空き缶と冷えたピザの箱。自分の靴が玄関に転がっている。
──そうだ。昨夜は大学時代の友人、高倉剛志の家で飲んでいたんだった。
「おーい、剛志……。起きてるか?」
寝室の扉をノックしても返事がない。
嫌な予感が胸に広がる。扉を開けたその瞬間──遼は息をのんだ。
剛志は布団の中で静かに横たわっていた。
そして──もう、息をしていなかった。
その胸元には、一冊の古びた黒い本が抱かれるように置かれていた。
焦げたように黒ずんだ装丁、奇妙な記号のようなものが刻まれた表紙。
本能的に、遼は目を離せなかった。
「……なんだ、これ……?」
恐怖と混乱のなかで、それでも彼の手は自然と本に伸びていた。
触れた瞬間、言いようのない熱のようなものが指先を走る。
──気づけば、その本は遼のバッグの中にあった。
なぜ持ち帰ったのか、自分でも説明はできなかった。
⸻
そのあとでようやく、遼は警察に通報した。
救急車と警察が到着し、部屋は一時騒然とした。
遼は現場にいたことで事情聴取を受けることになった。
病院での検査の結果、剛志の死因は**「急性心不全」**とされた。
だが健康だった彼が突然亡くなる理由には、誰も明確な答えを出せなかった。
遼の中にはずっと違和感が残っていた。
そして、その違和感の中心には──あの本があった。
⸻
数日後。会社帰りに立ち寄ったカフェで、遼はあの本を開いていた。
旧約聖書のような文、マヤの象形文字、日本の神名。
まるで世界中の神話が混在しているような構成。
ただの宗教書ではなかった。
そして、あるページにはこう書かれていた。
「2025年4月3日、一人の観測者が“神の書”に触れる。」
──それは、剛志が亡くなった日だった。
「……まさか、偶然……?」
ページをめくる手が止まる。そのとき、ふいに隣から声がかかる。
「それ、ちょっと見せてもらえませんか?」
顔を上げると、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。
整った顔立ちに、鋭い光を宿した瞳。
「御堂朱音。神話研究をしている者です。その本……ただの骨董じゃないでしょう?」
遼は驚きながらも、言葉を失い、無言でうなずいた。
⸻
同じ頃、都内の高台にある八重垣神社。
神主・**御神 和繁**は、風に揺れる紙垂を見上げながら静かに呟く。
「──また、書かれた運命に触れた者が現れたか……」
ご覧いただきありがとうございました。
第1話では、主人公・久賀遼が「偶然」に見舞われる形で、友人の死と謎の本に出会いました。
しかしそれは本当に偶然だったのか──それとも、すでに“誰かに書かれていた”運命だったのか。
遼の違和感はやがて、世界の構造そのものに繋がっていきます。
そして、登場した女性・御堂朱音も、ただの研究者ではありません。
次回、
**第2話「朱音の記憶」**では、彼女が過去に触れた“神の書”に関する出来事、
そして「N.O.V.A.」という謎の存在の影が、少しずつ浮かび上がります。