第1章 変調の兆し 1-2
私には理由がある。
大丈夫。
訪ねるだけの理由はあるわ。
と、内心では何度も母に怯える自分を奮い立たせて回廊を突き進んでいた。
このようにアウレリアが言い訳を捻り出さねばならないほど、
彼女が王宮に近付くことを王后は厭う。
──降嫁すれば身分が変わります。わかっていますね?
かつて王后は娘をそう諭した。
──決まりは、決まりです。
そのことに逆らう意思がもとよりあったわけではない。
けれどアウレリアはこうとも考えていた。
フォルクハルトのことは特別だ。
彼はいずれ即位し、この国の頂点に立つ未来を背負っている。
だからこそ、手厚い世話が必要なのだ。
論理が破綻しているかは関係なかった。
事実アウレリアは、いつだってフォルクハルトのことに関してだけは
グレーデン公爵夫人の肩書を飛び越え、
王女としての身分を前面に振りかざしてきた。
そうだ、とアウレリアは考える。
あの頃はまだ、彼には私の世話が必要だった!
それなのに!
無理に引き剝がされたという恨みがアウレリアにはあった。
自分をただのグレーデン公爵夫人に戻すために
王后が裏で手を回したのではないかとさえ思うこともある。
他に男子なくやむをえず国の頂点に立つ必要に迫られた場合を除き、
他家に嫁いだ王女の身分を夫の地位に準じさせるその制度、
しかるべき手続きにより法が改まらない限り、
たとえ王であったとしても覆すことが許されていないこの制度を守るため、
無情にも王后は血の繋がりのない王の子を切り捨てたのだ。
──わかっていますね?
フォルクハルトが王宮を去る日、王后はアウレリアに重ねてそう諭した。
王宮を訪ねたいなら、事前に伺いを立て許しを得よというわけだ。
それならそれでいいと、
腐っていたその時のアウレリアは誰にともなく誓いを立てた。
もう二度と王宮に足など運ぶまい。
この先で万が一やむをえぬことが起こったとしても、絶対にだ。
でも今回のことでは……と、アウレリアはもう一度自分に言い聞かせた。
フォルクハルトのことですもの、訪ねるしかないわ。
大丈夫、私にはきちんとした理由がある。
なんとしてでも今日はお母様を問い質して、
その心裡を詳らかにするのよ。
それから彼をここに呼び戻す算段を……。
と、そこまで考えたアウレリアは、
まさかこのこと、お母様は関知していない?
一気に狼狽えた。
もしもこれが王后の預かり知らぬことであれば別の意味で一大事だった。
無駄足を踏んだばかりか、
向こう側の陰謀に対して大いに遅れをとったことになる。
アウレリアは頭を振った。