第1章 変調の兆し 1-1
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その日の東ガリア王宮は上も下もアウレリアの話題で持ちきりだった。
予告なく登城し、
平時にない不機嫌さを隠しもせず周囲に撒き散らした
──とあっては誰の口も塞ぎようがない。
彼女の姿を見た者も、そうでない者も、
皆一様に「あのアウレリア様が⁈」と、
声を落としつつもその日の珍事を囁きあったという。
しかし、彼らが「あのアウレリアが」と囃し立てるのも無理はない。
アウレリアの名は本来「春の日差し」の代名詞だった。
「王女」の肩書きが外れた今なお穏やかさや嫋やかさの象徴として
力を持っている。
そのような巷説を持つ貴き淑女が
猛烈な勢いで機嫌を損ねていたというだけでも、
業火の夏に凍てつく冬の嵐が吹き荒れたに等しい異常さなのである。
とはいえ、この風聞を耳にした中には「まさか?」ではなく「またか……」と、
思った口重い者も若干数いたことは忘れてはなるまい。
彼らはアウレリアの執着を知っている。
王太子フォルクハルトに対する狂おしいほどの愛着だ。
そして、そのたったひとりの弟のためにアウレリアが温厚さの仮面を脱ぎ捨てた
数年前のことをつぶさに覚えていた。
なので、「またか……」と思った彼らは同時に考えたことだろう。
王后陛下は言葉が足りなすぎるのだ。
おかげでアウレリアが異母弟の処遇を巡って実の母親を
糾弾して以降の王宮は中途半端に重苦しく、
先の見えない不穏な霧に包まれたままとなっていることを
取り巻きたちは感じていた。
せめてその理由の一つでも明かされれば、
と思うのはアウレリアも同じだ。
何もないからこそ振り上げた拳の行き場がない。
割り切れない気持ちのまま日々を過ごしていたところに、またこれだ。
「どうして?」
と、アウレリアは憤慨した。
なぜここに至ってフォルクハルトの名が唐突に挙がったの?
いったい、これはどこまで本気なの?
そもそも事態がこれほどまでに拗れたのはお父様のせいなのに、
それなのに……。
アウレリアの胸中は混乱と焦燥ではち切れそうだった。
この国の君主は厄介事のすべてを息子に押し付け、
その失敗を漫然と待っているのではないかとさえアウレリアには思われた。
国王にはフォルクハルトが戦死するか、
何らかの失態を犯して処罰される日が来るのを本気で願っている節があるのだ。
とにかく、まずは噂の真偽を確かめることよ。お母様なら知っている。
そう考えたアウレリアは、ほとんど衝動的に行動し、そうでありながら、