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序章 母なる神 1(1)-1

死は常にその背に寄り添い、生に対して甘美な夢を(ささや)く。



生まれた時から私の存在は生きていても死んでいてもそう大して代わり映えがなく、

今となっては死んだ方が()()という有り様だ。



私はもうずっと、どちらつかずのままその中間に(たたず)んでいる。


その(あいだ)にも生と死との境は曖昧に(にじ)み続け、

手を伸ばしたそこで私はいつでも死を(つか)むことができた。


しかしながらこの死は触れた途端に嬌声を上げて身を(よじ)り、

まるで陽炎(かげろう)のごとくするりと私の手から(のが)れ去ってしまうのだ。

そしてこの手の中には(うつ)ろな生だけが残され、

まるで陽光に(さら)され乾いた砂のようにさらさらと(はかな)(こぼ)れ落ちていく。



私という存在は色もなければ味もない。

音もなければ香りもない。



ただそこにあり、ただここで(おり)のように沈んでいる。



そのように鬱屈した日々を過ごしていたある日のことだ。

私は古びて朽ちかけた教会でひとり()を明かすはめになった。

今では村人でさえ(かえり)みることのない、森の奥の名もなき教会の、その中で。



あの日の私は、今となっては理由さえ思い出せない些細なことでウドと(いさか)いし、

煮えたぎる怒りを冷ますためがむしゃらに馬を走らせていた。

そしていつしか森の魔性に捕まり、気付けば帰り道を見失い、

情けなくも途方に暮れていたまさにその時、その教会は(なん)の脈絡もなく、

まるで影の(すみ)からぬるりと抜け出すような不快さと唐突さで私の前に立ちはだかったのだった。



(なん)とも妖しい教会だった。



その(おぞ)ましい外観を見つめるだけで私は身震いし、

人の(わざ)では成しえない何かを感じて思わず息を飲み、

そして胃の底から湧き上がる悪寒の前に戦慄した。

しかし(なん)の矛盾か、その姿は私の中に筆舌しがたい敬虔な気持ちも同時に掻き立てたのだ。

私はただ、その異様の姿を前に立ち(つく)くすことしかできなかった。



(なん)とも不思議な教会だった。

入り口の扉はすでに時の彼方へと消え去り、

置き去りにされたように()いた暗い穴が静かな闇の息遣いを反射する。



しばらくして我に返った私は馬を降り、余計な音を立てぬようそっと中に足を踏み入れた。

恐怖や畏敬の気持ちよりも、その瞬間だけは好奇の気持ちが(まさ)っていたのだろう。



数歩を歩けばすぐに、聖堂の(わず)かな広がりが私を迎え入れた。



満月の夜だった。



月明かりが失われた天井から煌々と降り注ぎ、歳月に沈む過去を柔らかく照らし出していた。

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