第11話 現実と子供達
取りあえず投稿。
月夜の舞踏会に幕が下ろされ、辺りが静けさを取り戻した頃。
薄暗く地下へと続く螺旋階段をレオルは出来る限り音を立てないようにしながら降りていた。
ひんやりとした空気の流れに身を震わせながらも一歩一歩慎重に注意を払いながら時間をかけて下り始めてどれだけの時間が過ぎたのだろう。
ぼんやり考えながらレオルは眼下に広がる鍾乳洞に目を奪われそうになった。
天然の鍾乳洞に手を加えているようで、大部分が天然でありながら所々に見慣れない何かが設置されているのが見受けられたが何に使われるものなのかは分からない。
(この階段を降りきった先に工房あるのかな)
レオルは普通の子なら怯えてしまいそうになるこの状況の中で平然と歩を進める。
病弱のきらいはあるが、その分多くの冒険物語を旅人たちから聞いて思いを馳せていたのが功を奏した形となっていた。
そうして暫く降りていった先に、一つの実験設備らしきモノがあった。
「あれが・・・工房なのかな」
ちょうど自分の部屋から外が見えるぐらいの高さから見つけたモノ。
中央に円が描かれており、その中に微細に詳細に事細かに文字が規則的に並べられて書かれていた。
周りには多くの材料と思しき物が大量に置かれてある。
その他にも実験用と思われる器具があちらこちらに配置されており、それは工房というよりもファクトリーの装丁に近かった。
特別な処置が施されているようで、湿気が多い洞窟内でそのエリアにある物は全てよい状態で保存されている事が遠目でも分かった。
(御伽噺に出てくる魔女さんみたいに此処で何か大きい釜でぐつぐつ煮たりするのかな?)
そう思いつつも工房らしき物を発見できたのはレオルにとって僥倖ともいえる。
あとは魔女っ娘が来るのを待てばいい。
そう思うと緊張が解け、年頃の少年の好奇心からかあれこれ弄りたくなってきた。
迂闊に触ったりすると危険だと事前に言われていた為に弄り回したりはしないが、物見遊山の気分で見物し始めた。
※
しばらくして手持ち無沙汰になりかけた時、レオルは唐突に身体が強い倦怠感を覚えた。
―――元々レオルは身体が丈夫ではない。
その為に彼の両親は激しい運動を出来る限りさせないようにさせてきたので、レオルの体力はかなり少ない。
しかし今回は幼馴染を助けるためとはいえ、レオルにとってはじめての冒険ともいえた。
そのような状況で年相応に在る好奇心が刺激されてしまったのだろう。
加えて緊張感も手伝って身体にかかる負担は普段の倍近くあり、彼は倒れこむように床に座り込む。
(ひんやりして気持ちいい・・・)
身体と床との温度差に心地よさを感じてきた頃、
―――プシュ。
小さな金属音と空気が抜けていくような音が微かにレオルの耳に入ってきた。
(何だろ?今の音・・・)
確かめようと思い腰を上げた、その時。
「・・・・そこにいるのは誰ですか?」
不意に、問いかけられた。
(見つかった!?)
これであの魔女以外は見えなくなるはずなのに・・・
緊張が緩み始めてきた時に質問されたのと、極度の緊張で色々よろしくない展開を予想してしまう。
色々宜しくない結果ばかりが少年の脳裏を過ぎっていく。
振り向きたくないけれど、少年は覚悟を決めて振り返ると ――――そこには一人の少女がいた。
黒い長髪を後ろで一括りにしているのはまるで馬の尻尾を思わせる。
白い肌は日に当たった事あるのか疑うほどに白く、またその瞳は母なる海の色をしている。
「・・・・・・見えるの?」
「見えます。とても可愛らしいものを着ているんですね」
「いやこれには事情があって決してこれ僕の趣味じゃないから誤解しないで」
満面の笑みで言われたレオルは穴があったら入りたかった。
無ければ自分で掘ってもいい位の羞恥心が純粋な少年の心を駆け巡る。
ホムンクルスには自我がないと魔女っ娘から聞いていたので、この子は普通の女の子なのだろうかと思わず問いかける。
「僕の名前はレオル。君の名前は?」
「私はルモンっていいます・・・・・此処で何をされていたんですか?」
どっと汗が吹き出てくるのをレオルは感じた。
正直に言いそうになるが、此処に来た本当の目的たるレーナの救出の為、誤魔化さなくてはならない。
苦笑いをしながら冷や汗をながすという緊張度Maxな状態で、少年は口を開いた。
「・・・見学に来たんです」
この時、少年は自分の語彙力の貧困さを激しく呪った。
――――よりにもよって『見学に来たんです』。
もっとマシな言い訳あるだろうにとレオルは内心思ったが、この年頃では良くやった方だろう。
頭を抱えたくなって悶絶しかけた少年にルモンと名乗った少女は頷いてみせた。
「そうなんですか、こんな所までわざわざ来られるとは中々行動力あるんですね」
お辞儀までされて苦しい言い訳は幸運にも受け入れられた。
その瞬間、少年は神に対してよりいっそう信心深くなったとか後に語る事になるが・・・それはまた別の話である。
少年は少女の後方に何やら筒状の大きなものが斜めに置かれているのを見つけた。
先ほどの小さな音はそこから出ていたらしく、それは上半分が開いた状態だった。
「あれはですね、私のベッドなんですよ」
「ベッド?あれが?」
「はい・・・・・私は半分人間、半分ホムンクルスなのでアレがないと生きていけないんです」
そういって笑った少女の顔に影が差し込んだのをレオルは薄暗い洞窟の中でも何故かはっきりと見ることが出来た。
―――――半分人間、半分ホムンクルス。
―――――アレがないと、生きて行けない。
そんな少女の現実に、レオルは言葉を失っていた。
見た限りでは極々普通の少女であり、周りの薄暗く、奇妙な実験器具に囲まれた環境に全く不釣合いな容貌を持つ女の子を取り巻く実情。
それが少年には全くといっていいほど信じられなかった。
魔女の城に侵入しているという非日常に驚き、緊張し、興奮し、信じられない事の連続だったのだが、それでも驚きを隠せない。
しかし、目の前の女の子の瞳には嘘をついているような様子は一欠けらも窺えないことから真実であると認識せざるを得なかった。
「でも、本当にペトラルカ様には感謝しているんです」
言葉に偽りなしというように満面の笑みを浮かべている少女。
どんな環境下だろうと、感謝の念を忘れない意思が言葉に籠められているのをレオルは察せたが、理解はしていなかった。
少女がどれだけの思いを籠めて感謝の言葉を言ったのかということを。
思いに籠めた真意にも気づくことは、無かった。
「どうして、こんな所に?」
「私、親に殺されかけて。何やっても失敗ばかりだから棒で体中を叩かれて、森に捨てられて・・・」
―――森を彷徨って、朦朧として意識が無くなりそうになった時にペトラルカ様が通り掛かって私を助けてくれて。
――――それで恩返しとして奉公しながらペトラルカ様のお世話になる事になったんです。
少女の口から俯かせながら話され始めた内容は、大人でも悲惨と思える内容だ。
ましてや子供であるレオルにとってそれは人が行ったとは思えない所業だった。
その理由も、信じられないもので、レオルは自分の耳を疑ったぐらいに凄惨なモノ。
比較的温かな家庭で育ったレオルにとって、それは遠くの地や御伽噺の中でしか在り得ないと考えていた出来事。
しかしそれは確かに身近にあり得る事を少女の存在が証明していたのだ。
『思い通りに育たなかったから』
『何やっても手間がかかって仕方がない』
『そのくせ仕事も覚えない、人買いに売ろうにも大した金にもならないだろうし…』
『生かしておいても意味が無いから・・・口減らしも兼ねて捨てるか』
口減らし。それは大凶作になってしまい飢饉が発生した中世に行われた出来事。
労働力にもならない、負担になるだけの家族を死に追いやる悲劇。
それはあまりに辛い現実、まだ子供である彼女らにとって悲惨すぎる出来事にレオルは心を軋ませるしか出来なかった。
しかし少女の心の傷は永遠に残る。
それを知ってレオルは自分の無力さを痛感し、左腕の二の腕辺りを握り締めた。
レーナを止めなかった自分。
そしてこの場で目の前の少女にかける言葉さえも見つからない自分。
自分の無力さが、どうしようもなく憎かった。
「色々腐敗していてそのままでは死んでしまうらしかったみたいで、半分だけホムンクルスかすることで何とか一命を救ってもらったんです」
「―――――――」
「ゴメンなさい、こんなこと話して―――!?」
でも、少年は一つだけ知っていることがある。
悲しい時や苦しい時・・・母やレーナが抱きしめてくれるとその苦しさも感じなくなる事を。
黒髪の少女をレオルは無意識の内に優しく抱きしめていた。
少女も目を見開き、驚きはしたもののきゅっと抱きしめ返して少年の気持ちに感謝の意思を示し、彼を受け入れた。
少女は今も尚消える事の無い親への思慕と現実の差に悲しみを抱いて、少年は自分の無力さから、声無き嗚咽を少女は漏らし、少年は無力さを痛感しながら。
幼い二人は、言葉無くともこの時ばかりは慰めあうようにして優しく抱き合った。
※
「・・・・・・・・・・クフッ」
抱き合っている子供たちを階段の上から見下ろしている存在が一つあった。二人に気付かれないよう、注意を払いながら一歩一歩降りていく。
近づいてくる人影に、子供たちが気づけるはずも無かった。
なんで更新がここまで遅れたのかはさておいて。
リリカルなのはの更新はなんとか今月中には出来そうです。
追加で作品を入れ込むことになったから、設定いじるのに時間がかかってしまっていますがggg