356話 濁っている場所
魔大陸……初めて来た、大陸。
まあ、私は元々、師匠と暮らす以前の記憶はないし、師匠と暮らしてからはあの家と、魔導学園に行くために王都に行った、くらいしかないんだけど。
まあ、ともかく、初めての場所。しかも、ベルザ王国から遥かに離れた土地。
そのせいだろうか、違和感を感じるのは。それに、ラッへの様子も変だ。
「ねえラッへ、つらいなら休んだほうがいいよ」
「別に、んな必要ねえよ」
つらくなんかない、と言うラッへだけど……正直、それは強がりにしか見えない。
額から汗が流れているし、表情もどこか暗い。
「……多分、周囲の魔力の影響だと思います」
「おい!」
「魔力?」
なにやら、言いたくないらしいラッへ。だけど構わずに、ルリーちゃんは続ける。
「はい。大気中に漂っている魔力……これが、なんていうか……王国にいたときよりも、うーん……濁っている、と言ったらわかりやすいでしょうか」
「濁っている?」
説明してくれようと、言葉を探しているルリーちゃん。
彼女が言うには、周囲の魔力が濁っている、ということらしい。
濁っているって、あくまで比喩なんだろう。わかるような、わからないような。
「はい。周囲の魔力は、人体に少なからず影響を及ぼしていますが、私たちエルフ族は特に、体にもたらす影響が強いんです。これは、精霊にも同じことが言えます。
エランさんも、違和感を感じているのでは?」
「それは、うん、そうだね」
魔力が、人の体に与える影響……それは、魔力の質によって体調がよくなったり、悪くなったり……そういったことみたいだ。
それを、エルフ族は私たちよりも感じやすい。
魔力が濁っているから、私はちょっと違和感を感じているし、エルフのラッへは体調が優れない、と。
そういえば、エルフ族は魔力との親和性が高い、と聞いたな。それも、森の妖精と呼ばれるゆえんだと。
そっか、だからルリーちゃんは、ラッへの体調の異変の理由がわかったのか。同じエルフ族だから。
それに、魔力の質は精霊さんにも影響する。
以前師匠が言っていた。精霊さんには、精霊さんでも嫌う場所がある……と。たとえば、毒のある空間とか。
それが、魔力の淀んだ……濁った、場所ってことか。
「……そういうことか」
どうりで、さっきから精霊さんの反応も悪いわけだ。
ここがまさか毒……のある場所ではないと思うけど、あまり長くいないほうがいい。
私は、つらそうなラッへと、わりと平気そうなルリーちゃんを見る。
「……ルリーちゃんは、平気そうだね?」
「あ、それは……」
「そいつがダークエルフだからだろ」
エルフのラッへの様子が悪いのに、同じエルフ族のルリーちゃんは平気そうだ。
そう思って、聞いてみると……答えるのは、ラッへだ。
それは、ダークエルフだからというもの。ダークエルフだと、なにか大丈夫なのだろうか。
「そいつらダークエルフは、精霊じゃなく邪精霊としか契約できない。精霊じゃなく、邪精霊と心を通わせるのさ。で、邪精霊は、こういうきったねえ魔力が好きだからな。
だから、ダークエルフのそいつは体調を崩さない……むしろ、いつもより調子いいんじゃねえか」
「い、言い方!」
……ルリーちゃんが平気な理由、それは、ルリーちゃんがダークエルフだから……ダークエルフの体質に、よるもの。
小難しいことは置いておいて、とにかくダークエルフにとってここは、それほど苦しい場所ではないみたいだ。
ラッへのように、弱ってしまったらどうしようかと思ったけど……うん?
「ダークエルフはむしろ元気になる? なら、なんでそんな場所に、ルリーちゃんを転移させたのさ」
自分で考えていて、気づく。私たち……正確にはルリーちゃんだけをここに転移させるうもりだった、エレガ。
ダークエルフを転移させるならば、ダークエルフにとって毒となる場所に転移させるのが、普通ではないのか。
なのに、なんでダークエルフが元気になる場所に、転移させたのか。
「私が知るかよ。ま、おおかた、魔族に食い殺されればいいとでも思ったんじゃねえの」
「ま、魔族って人を食べるの?」
「……ものの例えだよ」
ふむ……なんでこんなところに飛ばされたか、今考えても仕方ないか。
今はとにかく、ベルザ王国に帰ることを考えよう。
ラッへはつらそうだけど、動けないほどではないみたいだ。
私とルリーちゃん、そしてラッへ……この三人で、協力していかないとな。
「じゃ、ベルザ王国に戻りたいんだけど……二人とも、方角とかわかる?」
「わかるわけねえだろ」
「わ、わかりません」
ですよねー。
ただ、ここでじっとしていても始まらない。
なので、とりあえず歩く……歩いた先に、なにか手がかりになるものが、あるかもしれないし。
「はぁ、転移の魔石かぁ。そういうのか、そういう魔法でもあれば、一瞬で帰れるのに」
「そうですね。でも、あんな魔石があるなんて初めて知りましたし、魔法もそういうものごあると聞いたことがありません」
「そういうのがあれば、私はてめえらなんか見捨てて、さっさと帰るんだけどな」
「……そういえば、他にも大陸があるって言ってたけど、そこにまだ竜族とか鬼族とか、生きて暮らしてるってこと? なんだかドキドキするよね。
でもさ、なにがあって別々の大陸に別れたんだろう?」
「はっ、この場所この状況で歴史のお勉強がしたいって言うなら、教えてやるよ」
「……またにしよっか」
ただ歩くだけでは、味気ない。なので、他愛ない会話をしながら、進む。
……進む。




