353話 転移の先
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「…………ンさ……エラ…………!」
「ん……」
「エランさん!」
どこか遠くで、声が聞こえる……私の名前を、呼ぶ声。
いや、どこかじゃない。すぐ近くだ。それに、体も揺れている。
誰かが、私の名前を呼んで、私の体を揺らしている。
聞き覚えのある、この声は……
「……ル、リー……ちゃん?」
「! エランさん!」
閉じていたまぶたを、ゆっくりと開く。
目の前には、ルリーちゃんの顔があった。褐色の肌を、尖った耳を露わにして。
……ここ、は……?
「わたし……」
なんで、ルリーちゃんが素顔を出しているんだっけ……それに、ここは……?
…………っ……そうだ、私……!
「みんなは……っ、つつ……」
「わ、いきなり起きちゃダメですよ」
さっきまでの光景を思い出して、私は起き上がる……けど、頭の中が少し痛い。
耐えきれないほどじゃないけど……いったぁ……
「ここ……今、私……
……ルリーちゃんが、見ててくれたの?」
どうやら、私はルリーちゃんの膝枕で眠っていたらしい。
いったい、いつから私は寝ていたんだっけ。
「はい、先に起きたので」
「先に……」
「ったく、呑気な奴だな」
混乱する頭を、整理したい。
私とルリーちゃん……そして、この場にはもう一人人がいた。
少し離れた所で、岩場を背にしている……
「ラッヘ……」
「ようやくお目覚めか。余裕でうらやましいね」
ラッヘは、私を見て、にらみつけていた。
でも、その視線から庇うように、ルリーちゃんが前に出る。
「仕方ないじゃないですか、私たちだってさっき起きたんです」
「ちっ……」
「エランさん、なにが起きたか、覚えてますか?」
優しく、私を落ち着かせてくれようとしてくれるルリーちゃんの声が、心地いい。
なにが、起きたのか……さっき、思い出したのは確か……
……魔導大会の、決勝……そこで、エレガやジェラ、レジーが乱入してきた。周囲には魔獣までいて……
ルリーちゃんの正体が、ダークエルフだと、クレアちゃんに……バレちゃって……うん、だんだん、思い出してきた。
それから、あいつらは、ルリーちゃんにひどいことをしようとして……私は、頭の中がかっとなって……
「ルリーちゃんが、エレガになにかされそうになって……私は、そこに飛び込んで……」
「あれは、転移の力を持つ魔石だ」
思い出したことを整理し、それでもまだ思い出せないこと、わからないことがあった。
それを補足してくれるように、ぶっきらぼうに、ラッヘが話す。
ラッヘの視線は、こっちを見てないけど……説明は、してくれている。
「転移……魔石……?」
「あぁ。あれが、転移の魔石だってわかったから、私はとっさにお前の足を掴んだ。
対象に触れてりゃ、私も転移できる。あそこにいたままじゃ、どうぜ殺されてたしな」
殺されるより、ここではないどこかに転移した方がマシ……そう、ラッヘは続ける。
そうか、つまり……ルリーちゃんの足下で光っていたのは、転移の魔石。
なんか変なサークルが展開してたけど、その中にいたルリーちゃんが…転移するはずだった。本来なら一人で。
でも、対象に触れていたから、私も転移に巻き込まれて……私に触れていたから、ラッヘも巻き込まれた。
「……知ってたの? あれが転移の、魔石だって」
「ずっと昔に見たことがある。魔石は、能力によって微妙に色が異なる……以前見た魔石の色と同じだったし、あの魔法陣で確信した」
そうか……私たちは、あの魔石の力でそこかに転移して。その衝撃で気を失ってた。頭が痛いのも、そのせいか。
もしかしたら、無理やり転移に巻き込まれに行ったから、そのせいかもしれない。
……もしあれが、転移の魔石だと知ってたら、私はどうした?
そんなの、答えは、決まっている。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「ううん。ルリーちゃんが、一人でこんなところに転移されなくて、よかった」
もしも、私の手が間に合わなかったら……少しでも、走り出すのが遅れていたら。
ルリーちゃんは、こんなところに、一人きりになってしまっていた。
ダークエルフであるルリーちゃんが、素顔をさらしたまま一人で気絶していたら、どんな目に遭ってしまうか。幸い、ここには私たち以外に人はいないようだけど。
そうでなくとも、あの精神状態のルリーちゃんを、一人になんてできない。
「エランさん……」
「ところで、なんか暗いけど……今は、夜?」
さっきから、全然光を感じない。気絶している間に、時間が経ってしまったのだろうか。
さっきまで、お昼だったはずだし。かなりの時間、眠っていたことになる。
私は今更だけど、周囲を見渡した。
そこに広がっていた景色に、私は、言葉を失った。
「こ……れは……」
……周囲は、平野だった。建物なんて、全然ない。ところどころに、岩があるくらいだ。
それだけではない……いや、それだけならまだいい。問題なのは、空だ。
見上げると、空が暗い。雲がかかっているとか、夜だからとか、そんな意味ではないのだ。
空が……紫色……!?
「なに、これ……?」
紫色の空……そんなもの、見たことがない。
空模様が、転移される前とまるで違う……空の色なんて、少し離れたくらいで、変わりはしないだろう。
まさか私たちは、よほど遠くに飛ばされたのか?
私は、遅すぎる疑問を、口にする。ルリーちゃんかラッヘ、どちらでもいい……答えてくれ。
「ねえ……私たちは、どこまで飛ばされたの?」
……しばしの、沈黙……
その後、私の疑問に答えたのは、ラッヘだった。
「……魔大陸」
「?」
さっきまで、私の方を見ようともしなかったラッヘは……今度こそ、私の目を見て、しっかりと言った。
「ここはおそらく、魔大陸だ」
「……聞いたこと、ない。それって、さっきの場所に戻るまで、ど、どれくらい? ううん……ベルザ王国まで、どれくらい……」
頭の中が、また混乱する。
「わかってんだろ、そんな質問が馬鹿げたものだってことくらい。
ま、少なくとも一日二日で帰れる距離じゃ、ないなぁ」
若干の皮肉を交えて、ラッヘは笑った。嘘でも冗談でも、ない。
ここは……さっきまでいた場所、ベルザ王国から、遠く離れた場所。
魔大陸という……空の色が違うほど、遠く離れた地なのだと。
第五章はここまでです。腕っぷしに自信のある魔導大会……そこでエランは強者たちと戦う中で起こる変化、乱入者。展開は目まぐるしく動いていく。
次回から、第六章 魔大陸編が始まります。




