352話 エラン、ルリー、音沙汰なし
"転移能力"を持つ魔石。その力は、あらかじめ指定された場所に、対象を飛ばすというもの。
魔石の力が発動すると、魔石を中心に魔法陣が展開される。その後、魔法陣の中に入ったものを転移させる。
これには、人だけを転移させるもの、物だけを転移させるもの、あるいはその両方……などの種類もある。
今使われたのは、人だけを転移させるもの。
魔法陣の中に入ったものは、外に出ることはできない。魔法陣が発動した後、転移の力から逃れる術はないのだ。
その力により、転移してしまうのは……魔法陣の中にいるもの。
そして、魔法陣の中のものに、触れている者……だ。
――――――
「……っ!」
レジーに足止めされ、エランは歯痒い思いを感じていた。早く行かなければ、ルリーがひどい目に合わされる。
チラリと確認すれば、エレガはルリーに近づいている。
その手には、透明な魔石を持っていた。それが、どんな効果を持つ魔石なのかはわからない。
だが、嫌な予感がするのは、確かだ。
「っ、どいて!」
「はっ、やなこった。だいたい、なんでダークエルフを庇う」
「友達だから!」
ダークエルフだからとか、そんなの関係ない。友達だから……助ける理由は、それだけで充分だ。
それを聞き、レジーは鼻で笑った。
「友達、友達ねぇ。
なら、その友達パワーでこの窮地を切り抜けてみるんだね」
小馬鹿にしたレジーの言葉に、エランはまたもルリーの方を気にする。
膝をつき、動く様子がない。危険が迫っているのに、逃げる素振りすら。
近くにいるクレアは震えているし、フィルは目を閉じたまま。そもそも子供だ。
他の人は、魔獣の相手で手一杯。
こんな、足止めなんかされている場合では、ない!
「ぬぅううう!」
「そんなにあのダークエルフが大事か。はっ、くだらない。見ろあいつの顔を、あいつを見ていた奴の顔を。
ダークエルフは世界の嫌われ者さ、だから私らが処理してやろうってんだ!」
クレアの、ダークエルフへの……ルリーへの対する怯えようを見れば、それがどれだけ異様なことなのか、想像はつく。
だからといって、エランにはルリーを嫌う理由なんて、ない。これまでも、これからだって。
友達に対する、熱い想い。それがエランの中で昂り、体内の魔力を活性化させる。
魔力は本人の意思とは関係なしに溢れ出し、その体にも異変を表す。
黒く美しい髪は、その色を白へと変えていく。
「!」
黒髪黒目の少女は、白髮黒目へと変貌した。
その姿にレジーは目を見開き、その動きに一瞬の隙が生まれる。
その隙を、見逃しはしない。動きの鈍ったレジーの拳を避け、エランは体を捻らせ、飛び蹴りを放つ。
「ぶっ……!」
鋭いつま先は、レジーの頬へとめり込み、吹き飛ばす。
着地し、エランはレジーが吹っ飛んでいったのを確認し、すぐさま行動に移した。
飛ぶように地面を蹴り、ルリーの下へ。ルリーの足下には、魔石が転がり、魔法陣が展開されている。
「わーっ、ママー!」
どこかから声が聞こえるが、それに構う暇はない。
光り出す魔法陣。全速力で駆け走り、魔法陣の中にいるルリーに、エランは手を伸ばす。
「だぁあああああああああ!!!」
――――――
「ルリーちゃん!!!」
「……!」
聞こえた声に、はっとする。
周囲で、あらゆる音が聞こえていた。人々の悲鳴、怒号、嫌悪……そういった、様々な声が。
そんな中で、ルリーの耳に届いたのは、彼女が今この世界でもっとも信頼する相手の声。
心の中にぽっかりと空いた穴を埋めてくれる、あたたかな声。
その声に、ルリーは顔を上げ、方向を見る。
そこには、ルリーに向かって迫り、手を伸ばしているエランの姿があった。
「エ、ラン、さ……」
「手を!」
……友達だと思っていたクレアに拒絶され。自分からすべてを奪った男に眼中にもされなくて。ルリーの心は絶望が支配していた。
それでも……ルリーを、必死になって救おうとしてくれる人が、そこにいる。
だからルリーは……その手に向かって、手を伸ばす。
「エランさん!」
「ルリーちゃん!」
二人の手は、固く繋がれて……その直後、魔法陣がいっそうの輝きを放つ。
光はルリーを、そしてルリーの手を取ったエランを……包みこんでいく。
そしてそれは、一瞬のこと。輝きは一瞬にして、消え失せる。
光が消え、魔法陣は消え、魔石は砕け……あとには、なにも残らなかった。
転移の光に巻き込まれた、ルリーとエランは……この場から、消えてしまった。
――――――
「ちっ、まじかよ。あそこまでするとは」
ダークエルフと、それを助けようとした少女が消えた。この場から、指定された場所へ転移したのだ。
それを確認し、レジーは蹴られた頬を擦りながら、忌々しげに吐き捨てた。
ダークエルフ一人だけを、転移させるつもりが。まさかのイレギュラーだ。
しかも、それだけではない。
「おい、あのエルフはどうした」
「ん? ……いないね」
エレガの指摘に、ジェラは己の手の先を見た。
巨大な手で掴み、握りしめて動きを封じていたエルフ、ラッへ。その姿が、そこにあるはずだった。
だが、いない。ラッへの姿が、どこにも。
彼女の姿が、消えていたのだ。
「いつの間にか逃げられてたみたいだね」
「お前な……しっかり握っとけよ。
って、その腕……」
「痛覚がないのが、たまに傷か」
見れば、ラッへの黒い腕は、途中から斬れていた。そのため、ラッへは拘束から脱出できたというわけだ。
ジェラたちの意識がエランに向いている隙に、こっそり魔術でも唱えて腕を斬る……こういうことだろう。
腕を斬られれば本来なら気づくはずだが、この腕には痛覚がない。それが、こんな形で不覚を取ることになるとは。
「……まさかあのエルフも、転移したってのか?」
「そうだよー、私見てたし。あのエルフが、消える直前にお姉ちゃんの足を掴んでたとこ」
「! ビジーか」
逃げたラッへの行方、それを話すのは新たに現れた、黒髪黒目の少女だ。
彼女は無邪気に笑い、エレガはため息を漏らす。
転移する者の条件は、魔法陣の中にいるか、中にいる者と接触していること。それに、さらに接触している者も適用される。
今回は、魔法陣の中にいるルリー。彼女の手を取ったエラン。そしてエランの足を掴んだラッへ。
よって、魔法陣の中にいたルリーに接触したエランに接触したラッへ……この三人が、転移したのだ。
「お前な、見てたなら止めろよ」
「やだよ、どのみち間に合いそうになかったし」
小さな少女は、ニヤリと笑う。
それから舌なめずりをして、天を仰ぐ。
「ただ、残念だなぁ。お姉ちゃんは、私が食べたかったのに」
ずっと、美味しそうだと思っていた。いつか、この腹の中に収めてしまいたいと、思っていたが。
それも、叶わぬ願いとなってしまったのか。
「また会えたら、今度は絶対食べたいなぁ」
「ま、それは無理だろ。諦めな」
「なんせ、転移先は……」
物騒な話を、なんでもないように言う。
黒髪黒目の特徴を持つ、四人。そして会場に忍ぶ、他のメンバーも……
なにか面白いことがあるかと思って、大会を見に来た。まさか、エルフが紛れ込んでいるなんて。
過去も、今も、執拗にエルフを狙う彼ら。その目的こそ……
「せっかく"転生"したんだ。好き放題、やらせてもらうよ」
……その目的こそ、己の娯楽を満たすために他ならない。壊したいから壊す、殺したいから殺す。
森の妖精、エルフ。世界中から嫌われているそんな存在を、蹂躙するなど、考えただけでも胸が踊る。
今回、生き残りを見つけ……いろんなイレギュラーがあったが、これはこれで面白そうだ。
ダークエルフ、エルフ、そして……エルフの弟子だという人間の少女。
彼女らの行く先は、文字通りの地獄……その光景を、この目で見れないことが、ひどく残念だ。
「さぁて……どうするかね、この状況」
なんにせよ、目の前の楽しみは……まだまだ、終わりそうにない。




