351話 忘れられない相手
「おっとと……危ないじゃなのいきなり」
「ちっ」
渾身の蹴りが止められ、ラッヘは距離を取る……ように見せかけ、魔力の塊を何発と放つ。
それはエレガに直撃するより先に、打ち消える。
「魔力防壁……それも、高度な」
「さっすがエルフ」
並大抵の防御では、エルフであるラッヘの魔法は防げない。
それを防ぐということは、単純な話だが……並以上の力を持っている、ということだ。
こういう相手に、様子見は不要。一気に、かたをつける。
ラッヘは距離を詰め、全身に魔力効果を及ぼす。
「ただ、エルフ族だからこそ……俺たちにとっては、御しやすい」
「は? ……っ!」
次の瞬間、ラッヘはとてつもない殺気を感じる。とっさに身を丸め、右側面へ防御態勢。
その直後、激しい衝撃がラッヘを襲う。
たまらず、その場から吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「かはっ……」
受け身も取れず、背中から地面に衝突。体内の酸素が、血が、吐き出される。
それでも、ラッヘはすぐに体勢を立て直す。起き上がり、今しがた自分を襲ったものを見る、
……それは、巨大な腕だった。
「なっ……に……?」
「あーあ、防いだのかよ」
黒い、巨大な腕……血管だろうか、赤いなにかが、浮かんでいる。
腕を振り回すのは、ジェラだ。彼女は、巨大化した腕を振るい、ラッヘを襲った。
右腕が、禍々しい変化を遂げている。
あれは……なんだ? 獣人か? いや、獣人でも、あんな生き物は見たことがない。
「なんだ、それっ……!」
「知りたいことを素直に教えるほど、私は優しくないわよ。このバカみたいにね」
「あぁ?」
……あれがなにか考えるのは、とりあえず後だ。
ラッヘは口から流れる血を拭い、口から血の塊を吐き出す。
右手に魔力を集め、それを投げつけて……
「ぇ……」
しかし、それはうまくはいかなかった。
手のひらに集めていた魔力が、消えたのだ。自分の中にある魔力、その制御を御せないなどあり得ない。エルフ族ならばなおさらだ。
だが、今自分の意思とは別に……魔力が、消えた。
「な、んで……!」
再び魔力を熾そうとしても、今度は魔力を集めることも出来ない。
魔力は流れてはいる……だが、魔力が扱えないのだ。
こんなこと、初めてのことだ。
「言ったろ、エルフ族だからこそ御しやすいと。
……俺たちがこれまで、どれだけのエルフ族を殺してきたと思ってる」
「……っ」
向けられた、言葉に……初めてラッヘは、恐怖する。
見たこともない腕、制御できない魔力……そして、エルフ族をゴミのように扱う目。
……エレガとジェラたちは、ダークエルフたちを蹂躙した。ルリーの仲間たちを、故郷を、奪い尽くした。
だが、当然それで終わるはずもない。他の場所を拠点としていたダークエルフも、エルフも、等しくその手にかけてきた。
自らの手で、魔獣の手で……数え切れない数の、エルフ族を。
そんな彼らにとって、エルフ族の扱いは、この上泣く御しやすい。
「さぁて……待たせちまったなぁ、ダークエルフ」
「ぁ……」
「まっ……ぐっ」
エレガの視線が、ルリーを射抜く。
魔法が使えなくなったラッヘは、せめて体術で抵抗しようとするが……巨大な手に、体を掴まれた。
ジェラが、冷たく見ていた。
「ひっ……ぁ…………っ、お、お前、たちが……」
「あん?」
「お前、たちが……お、お兄ちゃんを……お、お母さんがを、お父さんを……みんなを……」
一歩一歩と近づくエレガに、ルリーは怯えたまま、しかし強く睨みつける。
あの人間は、家族を、仲間を、故郷を奪った男だ。
あのときのことを思い出すと、足が震える。クレアに拒絶されたこととは別に、純粋な恐怖が走る。
でも、ここで逃げるわけにはいかない。いや、逃げてどうなる。
エランはレジーという人間に足止めされている。助けは期待できない。
……なにを言っているんだ。いつまで、彼女に助けられているつもりだ!
やれる。相手がどんなにおっかない人物でも。いつまでも、守られてばかりの存在じゃない。
あのときの悲しみを、怒りに変えろ。そして、冷静に対処しろ。
「あー……お前、誰だ?」
「…………え……」
しかし、そんなルリーの覚悟は……エレガの言葉により、砕け散った。
それが、こちらを煽るためのものなら……どれだけ、よかっただろう。しかし、そうではないとわかった。わかってしまった。
エレガは本当に、覚えていない。ルリーのことを……彼女のすべてを奪っておいて、彼女自身のことは、まったく覚えていない。
奪われたルリーは、覚えていた。忘れられるはずがない。あの光景を、あの悲劇を。
だというのに……エレガにとっては、ルリーはしょせん、数多く滅ぼしてきたエルフ族のうちの一人。
「ぁ……あ……」
その事実に、ルリーは膝から崩れ落ちる。
自分の全てを、奪っておいて……なんでこの男は、それも覚えていないんだ? 奪われた私の気持ちは、どこにぶつければいい?
エレガにとって、ルリーは……ただ"運よく逃げ切ったダークエルフ"でしかないのだ。
「? なにぶつぶつ言ってんだ、気持ち悪いな。
ま、動くつもりがないならちょうどいい」
エレガはその手に持っていた、透明な魔石をルリーの足元へと投げつける。
コロン……と音を立てて転がる魔石は、ルリーの膝に当たり……白い、輝きを放つ。
魔石の輝きは、ルリーの周辺に異変をもたらす。
彼女を中心として、円状の魔法陣が展開する。魔法陣が輝きはじめ、ルリーの体を包み込んでいく。
魔石には、いろいろな種類がある。その種類によって、当然効果は違ってくる。
明かりを灯すもの、水を出すもの、風を起こすもの……取り込んだ魔力により、おおまかな能力は決定する。
だが、時として……稀な能力を有する魔石も、存在する。
この、"転移能力"を持つ魔石があるように。
「じゃあな、あばよダークエルフ」
魔法陣の中にいるルリーは、もはや転移から逃れることはできない。もっとも、本人に逃げる気力も残ってはいないが。
光がダークエルフを包み込み、この場所から、その姿を消し去って……
「だぁあああああああああ!!!」
……光が完全に、ルリーを包み込む直前。
白髪黒目の少女が、猛スピードで迫り、ルリーへと手を伸ばした。




