346話 死した先になにがある
「おいおい、死んだやつにいつまで回復魔術をかけてるつもりだ」
「……」
「聞いてんだろ、選択肢与えてやってんだから、さっさと選べや」
「……」
「……ちっ」
先ほどから、なにを呼びかけても、少女……エランの反応はない。
うつむき、一心に回復魔術をかけている様子に、エレガは舌打ちをする。
なんと、無意味なことをしているのだ。どんな気持ちがあったって、気持ちだけじゃどうにもならないことはある。それが今だ。
どんな凄腕の魔導士だって、回復魔術で死人を生き返らせることはできない。もう無駄なのだ。
……エランが抱きかかえている、クレア・アティーアは……もう、死んでいるのだから。
「う、うそ……」
その姿に、ルリーが膝から崩れ落ちる。信じたくない、信じたくないのに……
それが現実だと、周囲の全てが、訴えかけてくる。
呼吸が、荒くなる。動悸が激しい。意識が揺らいでいく。
「ったくよぉジェラ、やりすぎたせいであのガキ壊れたんじゃねえか」
「脆いねぇ、ったく。たかが一人死んだくらいで」
「! たかが……?」
聞こえた、心のない言葉。それに、エランが反応する。
上げた顔、その瞳は、虚ろだった。
「いや、まだ、クレアちゃんは、死んでない……
……あ、そうだよ、魔石! 魔石を使えば、ノマちゃんみたいに、きっと、元気に……!」
その表情は、虚、怒り、そして希望……いや、願望へと。様々に変化する。
その様子は、誰の目から見ても、異常だとわかるものだ。
以前、ノマが血だらけで倒れていたとき。あの原因こそ、体内に魔石を取り入れられたためだが、同時に魔石の魔力と馴染むことで、強靭な肉体を手に入れた。
クレアにも同じように、魔石を使えば……と、支離滅裂なことを言い出してしまう。
魔石の魔力に適応できる者など、そうほいほいいるものではない。数え切れないほどの犠牲者の中で、ノマだけが生き残ったのだ。
そもそも、死人に魔石の魔力を取り込ませたところで、なんの意味もない。
なにをしようと、死者がよみがえることは……
「ピギュアアアァアア!」
「ぐぅ!」
少し離れたところでは、ウプシロンという魔獣を抑えるため、フェルニンたちが戦っている。
だが、戦況は芳しくはない。なぜなら……
「魔獣が、魔獣を生むとか……聞いたこと、ないぞ!」
ウプシロンは、強大な魔獣だ。だが、三人が苦戦するには理由がある。
羽ばたく度に、舞い落ちる羽根……それが、一枚一枚が、小型の魔獣へと変化していくのだ。
小型の、鳥型の白い魔獣。小さくとも、ほその殺傷能力は魔獣に違いないものだ。
そのうちの一羽が、飛び、動かない標的……エランへと、迫っていた。
無防備な背中に、鋭いくちばしが刺さる……と思われたが……
「……」
後ろも見ていないエランが、飛んできた魔獣を手でキャッチし……握りつぶした。
魔獣は声を上げることもなく……無惨に、握りつぶされ、消えていった。
「え、エランさん……?」
「……る、さない……」
エランは、クレアを地面に寝かせ……ゆらゆらと、立ち上がる。
「お前ら……ゆる、さない……!」
「お、いい目になったな。けど、まだ答えを聞いてないな」
鋭い眼光を、エランはエレガたちに向ける。常人であれば、これだけで怯んでしまうだろう。
しかし、エレガは余裕の表情で応える。
その態度が、またエランの神経を逆撫でし……まるで感情の昂ぶりに呼応するかのように。その髪は、黒色から白色へと、変化して……
「エランさん!」
「!」
聞こえた友達の声に、はっとして……エランは、振り返った。
そこには、倒れたクレアの体の近くに移動していた、ルリーがいた。
ちなみにフィルは、ルリーに言われたとおりに目を閉じたままだ。
「……クレアさんは、もう……死んで、ます」
「……っ」
それは、敵ではなく……友達から、改めて告げられる残酷な宣告。ルリーは、クレアの手首に指を当て、脈拍を測っている。
その顔色は、悪い。
エランも、薄々わかりきっていたことだ。だが、それを確定させる言葉を、このタイミングで言わなくても。
思わず激昂しそうになるエラン。しかし……
「……助けられるかも、しれません」
「……は」
続けられた言葉に、ただ声が漏れた。わけがわからない。
死んでいる。けれど、だからこそ助けられる……と言ったのだ。なんの冗談だ。
しかし、ルリーは冗談を言っている顔を、してはいない。
「どういう……」
「……死者を生き返らせる魔術。その存在を、ご存知ですか?」
「え?」
聞いたこともない魔術の名に、エランは耳を疑う。
グレイシアと暮らしていたとき、魔導のことはそれなりに勉強した。しかし、死者を生き返らせる魔術、なんて聞いたこともない。
なおも、ルリーは続ける。
「知らなくて、当然です。この魔術は、ダークエルフにしか扱えません……闇の、魔術ですから」
「闇……」
エランでさえ知らない、魔術の正体。それはダークエルフにしか使えない、魔術だからだ。
ふと、思い出す。学園で魔獣が出現したとき、ルリーは見たこともない、黒いカーテンのような魔術を使っていた。
あれが、闇の魔術。そして人を生き返らせるのもまた、闇の魔術。
それさえ使えれば……クレアは、生き返る? 死んでいるからこそ、使える魔術。
まだクレアを助けられる可能性は、残っている。
「……ダーク、エルフ」
ダークエルフにしか使えない魔術……その存在に、エランは一つの疑念を抱く。
同時に、一向に仕掛けてくる様子のないエレガとジェラの姿も、気になった。




