342話 乱入者たち
……事態の急変に、誰もが追いつけない。理解できない。なにが起こったのか、なにが起ころうとしているのか。
誰も……
ただ、わかることは一つだけ。
なにか、とてつもないことが起ころうと、している。
「い、今なにか、割れた音が……」
「まさか、結界が割れたんじゃ……」
「いや、うそでしょ!?」
「ていうか、あいつ誰だよ!」
異変に、会場中がざわつく。
先ほどの、耳に響くなにかが割れたような音。そして、外部からは侵入不可能なはずの、結界の内側に現れた何者か。
その姿に、人々は困惑を露わにする。
『み、皆さん、落ち着いてください! 冷静に、状況を……』
司会の声も、ほとんどの者には届かない。冷静にしろと言われて、おとなしくできるものか。
未知の事態に、人々は弱い……それが、今だ。
そんな中で、謎の人物を囲うようにして、選手五人は立っていた。
「……誰?」
訝しく問いかけるエラン。それは、誰もが抱いている疑問だ。
その人物は、細身の体をしている。顔は包帯でぐるぐる巻きにされているため、性別すらもわからない。
だが、なんとなく、男だろうというのは、感じ取れた。
「んん……エルフ、エルフか……っひひひ、ここにも生き残りがいたとはな」
「……っ」
その人物の視線は、ラッへに向いていた。エルフとしての特徴を露わにした彼女は、鋭い視線に気圧されてしまう。
漆黒の瞳が、まるですべてを飲み込んでしまいそうで。
「まったく……邪魔をしてくれるものだね」
「!」
しかし、次の瞬間、ラッへを襲っていた圧力が、和らぐ。
圧力を放っていた包帯男が、うつ伏せに地面に押し倒されたからだ。その背後に居るのは、アルマドロン・ファニギース。
彼は、包帯男の不意をついて背後を取り、地面に押し倒していた。
「魔導大会、その決勝……各ブロックを勝ち抜いた、強者たち。
しかもその中には、あのグレイシア・フィールドの弟子や、エルフまでいる。この上なく盛り上がっているところだった。
それを、キミは水を差したわけだ」
「っひひ、さすが前回大会優勝者……けど」
大会を盛り上げる、その使命を無意味なものにされ、アルマドロン・ファニギースの感情は高ぶっていた。
完全に押し倒され、包帯男は動けない……だが。
不敵な笑みで、上空を見上げた。
「来い! ウプシロン!!」
「ギャォオオオオ!!」
天高く、舞っていたそれは、高らかな咆哮を上げる。
包帯男の呼びかけに応えるように、ウプシロンと呼ばれたそれは……白き体の鳥は、急降下してくる。
ただの鳥ではない。人を三人は乗せられるかというほどの巨体。それに、くちばしから覗く牙は凶悪だ。
さらには生えている脚も巨大で、それは鳥というよりはもはや怪鳥に近かった。
「キャアアアア!」
「な、なんだあれ!」
「化け物だぁああ!」
「いや……あれ、魔獣……?」
逃げ惑う人々、しかし誰も彼もが動いているので、まともに逃げることができない。
空の怪鳥を見て、エランはこう分析する……魔獣だ、と。
これまで見てきた、白い魔獣。それらに、似た気配がするのだ。それに、人に操られている……まるで、あの時と同じ。
レジーと名乗った、黒髪黒目の女。あの女が呼び出した、オミクロンと呼ばれる白い魔獣が、王都で暴れまわった、あの時と。
「まさか……」
エランは、包帯男の正体に当たりをつける。
しかし、すでに包帯男は解放されていた。正確に言えば、ウプシロン出現に気を取られてしまったアルマドロン・ファニギースを押しのけ、ラッへへと飛びかかっていた。
反射的にラッへは、防壁魔法を張る。包帯男との間に、見えない壁が展開される。
「んなもん、俺には通用しねぇ!」
しかし、包帯男は拳を突き出す。先ほど、結界が割れたのと同様の音が響き、ラッへの防壁魔法が破られたことを意味していた。
突き出した拳は、そのままラッへの首を絞め上げる。
「く、ぅ……!」
「ラッへ! くそ……っ!」
その光景を見て、エランは駆け出す……が、ウプシロンの妨害により、先へは進めない。
他の選手も同樣に、ウプシロンに妨害されている。ここにいるメンバーなら、魔獣といえど敵ではない。
だが、相手は空を飛んでいる。空を飛ぶかそうでないかで、相対する難易度は跳ね上がる。
その上、あの巨体だ。巨大な羽の羽ばたきは、それだけで突風を巻き起こし、魔法さえも跳ね返す。
『こ、これは、なにが、どうなって……
ち、ちょっと衛兵さん! これはなんとか……』
「っひひ、無駄だよ」
「イヤァアアアア!」
謎の乱入者に、魔獣。会場の警備、衛兵が来てもいい頃だ。しかし、誰も来ない。
それも、当然のことだ……今響いた、悲鳴こそがその答え。
「……」
場内の衛兵は、一人残らず、皆殺しにされていたのだから。
観戦席から、会場内に逃げ込んだ女性が見たもの。それは、血を流し倒れている、衛兵たちの姿。
その傍らに立つ、妙な仮面をつけた女だった。その右手は、血に染まっている。
「"あいつ"が、面倒なのは排除してくれてる」
「あいつ……?」
包帯男、魔獣……さらには、まだ仲間がいるのだ。
となれば、ここだけではない。場内すべてが危ない。ここにいない選手たち……それに……
大会に参加していない、クレアやルリーたちも……
「けどまあ、エルフは先に、始末しとかないとな!」
「ぁ、ぐ……」
ラッへの首を持ち上げる拳に、力が込められる。
魔法を発動させようにも、意識が集中しない。酸素が足りなくなり、脳が揺れ、魔導を使うためのイメージする力が、なくなっていく。
もはや。ここまで……
「とりゃあ!」
「あん?」
そこへ、声が響いた。エランはよく聞き覚えのある、この場にいないはずの、声が。
直後、放たれた魔力弾は、包帯男の腕に当たり……ラッへを、離した。
ラッへは魔導を使えず、エランたちはウプシロンに邪魔されている。
そんな中で、魔法を放ちラッへを助けたのは……
「はぁ、はぁ……!」
「る、ルリーちゃん!?」
認識阻害の魔導具フードを目深に被り、右手を突き出していた……ルリーの姿だった。




