306話 目標とする人物
「ごめん、お話の邪魔しちゃった?」
「ううん、助かった」
今しがた、自分に求婚をしてくる男が吹き飛んでいったことに、コロニアは平然とした表情を浮かべていた。
それをやったナタリアは、キョトンとした表情だ。狙ってやったわけではないのだろう。
ただ、自分に襲いかかってきた火の粉を払った結果、コロニアを助ける形になっただけだ。
「がははは、コロはモテるんじゃのう!」
「そんな他人事だからって……困ってるんだからね」
ゲラゲラと笑い飛ばすメメメリに、コロニアはジロリと視線を向ける。
実際、コロニアは先ほどの男……ピピルべ・セクリャーンからのアプローチに参っていた。初めて会った日から、猛烈なアプローチをもらった。
学園に来れば少しは落ち着くかと思ったが、毎日のように手紙が来るのだ。
「あの人、私が王女だからアプローチしてるだけだよ、はぁ」
「本人がそう言ってたのか?」
「そういうわけじゃないけど、いやらしい目をしてる」
そこにあるのは愛情ではなく、王女に、いや国王に取り入ろうという下心だ。言われなくても、それくらいはわかる。
それに、コロニアは魔導学園でも、王女としての扱いを受け告白されたことだってある。
そういったやり取りにはこりごりだ……と、のんきに話している二人。
しかし、二人の間には魔法のぶつけ合いがあった。口を動かすと同時、互いに押しも引きもしない均衡を保っていた。
「おぉ、二人ともすごい……おっと」
割り込む余地のない攻防に、ナタリアは小さく声を漏らす。
彼女もただ観察しているわけではない、襲い来る参加者を次々なぎ倒していく。
エランほどではないにしろ、膨大な魔力を持つナタリア。彼女の場合、魔力での身体強化をしていれば、大抵の相手は敵ではない。
それは、彼女の魔力の量の問題だけではなく……これまでの人生を、身体強化を軸に魔導を鍛えてきたからだ。
……ナタリア・カルメンタール。彼女の祖父は、魔導のエキスパートと名高きアルミル・カルメンタールだ。
その祖父の教えの中で、印象に残っている一つがこれだ。
魔力を身体に纏わせ、己の肉体を強化する……身体強化は基礎の魔導であるが、極める者は少ない。極めれば、ただ魔法、魔術を放つよりも強大な力となる。
これは間違いではなかったと、ナタリアはエランの決闘の件で思い知ることになる。
もっとも、エランが身体強化の魔法でダルマスと戦った決闘は、授業の一環であるためナタリアが見ることはできなかったが。
「ま、お祖父様は複雑そうな顔をしてたけどね、っと」
魔力による身体強化は、シンプルゆえにわかりやすく強大だ。しかし、祖父は気に食わなそうな顔もしていた。
というのも、身体強化で肉弾戦をするのは、武術のエキスパートと名高いカゼル・オートラインの戦法と似通うところがある。
アルミルとカゼルは仲が悪い。なので、相手の得意とする分野に踏み込んだ戦法はあまりいい顔はしないのだ。
「魔導と武術、それを組み合わせたものがより強力だって、認め合えばいいのに」
参加者たちを叩きながら、ナタリアは祖父と言い合いをしている男の姿を思い出した。
その言い争いはまさしく子供の喧嘩。子供ながらにナタリアは、呆れたものだ。
気に食わない相手の戦法……それでも、ナタリアに身体強化の肉弾戦をするなと言うどころか勧めたのは、彼も魔導士であるから、なのだろう。
「……あ」
コロニアとメメメリからは注意を外さないまま、ふとナタリアは視線を感じた。それは、舞台上……からではない。
観戦席からだ。それは、自分に対して悪意を含んだもの……ではない。むしろよく知る、温かな視線だった。
ナタリアも、首を動かす……戦いの様子を見ている、エランと目があった。ような気がした。
「……はっ」
気づけば、ナタリアは笑っていた。
見ている……あの子が、見ている。この学園に来て、初めて自分と同年代の、格上とも呼べる人物に出会った。
彼女は、この学園で半年もしないうちに起こった、数々の騒動の中心にいた。彼女自身が引き起こしたものもある。
破天荒な性格であると同時に、その魔導技術に驚いたものだ。
自分と同年代でありながら、自分以上の魔力量。多才な魔法……そして魔術。
普通は、一つの魔術を極めるのでもやっとだ。だがエランは、複数の魔術を極め……驚くべきことに、二重詠唱で魔術を重ね掛けした。
さらには、火属性と水属性の複合魔術まで使ったという話だ。
そんな、嘘みたいな話……この目で見て、それでもあれは幻かなにかだったのではないかと思えるほど。
しかし、あれは本当で……自分の目標とする人物になった。
だから……
「今は眠りし創生の炎よ、万物を無に還す穢れなき炎となりて……」
その子の見ている前で、無様な姿は見せられない。
彼女は、きっと決勝に上がってくる。そこで、戦ってみたい。己の力の、すべてをぶつけたい!
「全てを焼き尽くし、喰らい尽くせ!」
「!」
「魔術詠唱……!」
魔導というものは、イメージの力。頭の中でイメージを固め、それを具現化して放つ……
魔法は、手っ取り早く放つために各々でイメージとなる言葉、魔法名を決めることがある。言葉とイメージを結びつけておくことで、より具現化の速度を上げることが可能だ。
だから、魔法名においては同じ部類の魔法でも、それぞれの名付けたものは違う。
しかし魔術は、決められた詠唱が存在する。これは誰が放とうが、なにを放とうが変わることはない。
複合魔術はその限りではないが、この場では省こう。
紡がれた詠唱は、火属性の魔術。
いち早くコロニアとメメメリが気づいたが、ナタリアが詠唱を終えるほうが早い。詠唱において、彼女はどれだけ早く紡ぐかを練習してきた。
その結果……
「焔龍豪炎!!!」
誰の抵抗を受けることもなく……全てを焼き尽くす豪火は、周囲を包みこんだ。




