幕間 ママと呼ばないで
魔導大会。それはこのベルザ国をあげての大きな大会だ。
私、クレア・アティーアはこの国で生まれ育ったため、小さい頃から魔導大会を観戦していた。
自分もいつかあそこで競ってみたいなと思いながらも、大きくなるにつれてそれは果たしていつのことになるのか……と現実に打ちひしがれることが多くなった。
もちろん、大会に出たからって優勝しなきゃいけない、勝ち進まなきゃいけない、なんて決まりはない。でも、出るとなればそれなりに勝ちたいのが人の心。
今の私の実力じゃ、出場しても恥を晒して終わりだろうな、ってのがわかってしまうから、出場に踏み切れなかった。
けれど、魔導学園に入学するためにこの国に来たエラン・フィールドちゃんは、魔導大会に出場する気満々である。
まさかそんな、超前向きな友達ができるとは思わなかった。他にも、ナタリアちゃんやノマちゃん……みんなを見ていると、とても自信に満ち溢れている。
なんだか、いろいろと考えて悩んでいるのがバカバカしくなってくる。みんなを見ていると。
だからって、今更出場しようって気持ちにはならない。
でも、いつかは……と。そんな気持ちは、強くなった。
さて、来週に迫った魔導大会。その意気込みが熱いエランちゃんは、さっき食堂から席を外した。
そして現在、戻ってきたわけなのだけど……
「……その子は?」
「……えっと……」
戻ってきたエランちゃんの傍らには、小さな女の子が立っていた。エランちゃんは小柄だけど、そのエランちゃんの腰ほどの高さしかない。
エランちゃんは困った表情を浮かべ、女の子はエランちゃんの後ろに隠れていた。
……エランちゃん曰く、この白髪の少女は学園の敷地内で出会った。さっき、席を外した時に窓の外にいたんだという。
多分、六歳前後じゃないかと思う。この学園にはいろんな種族の人がいるため、見た目で判断できないが……子供なのは間違いない。
おまけに制服でもないから、生徒ではない。
ただ、生徒でもない子供が、なんでこんなところにいるのかわからなかった。
「えっと……お嬢ちゃん、お名前は? どこから来たのかな?」
ルリーちゃんが、優しく聞く。
普段落ち着きのない彼女だけど、小さな子相手を怖がらせないよう、席を立ち目線を合わせるため屈んでいた。
ただ、フードで表情はよく見えないけど。どうしていつもフード被っているんだろう?
暑くないのかしら。
ルリーちゃんの問いかけ。それに、女の子はうーんと考えるように、口元に指先を当てる仕草をして……
「フィルは、ママのこどもだよ!」
……と、エランちゃんを指して、ママと……そう、言ったのだ。
「……」
「エエエ、エラエエラ、ラエエラ、エエラ、ラ、エラエ、ランさん……!?」
「エランくん、キミは……」
その衝撃の発言に、私は言葉を失い、ルリーちゃんは見るからに動揺して、ナタリアちゃんはなんともいえない表情を浮かべている。
私たちからの視線を受けて、エランちゃんは首を振る。
「わかってる、言いたいことはわかってる。でもね、私だって好きでこんなにトラブルに巻き込まれているわけじゃないの。それだけはわかってほしい」
エランちゃんはどこか、落ち着いた様子だった。
というか、遠い目をしていた。多分、本人が一番衝撃が大きいのだろう。
ただ……いつまでも、こうして呆然としているわけにもいかない。
食堂に、小さな子供がいる。まだ誰も気づいてないけど、誰か気づけばあっという間に注目の的だ。
なので、見つからないうちに食堂を出る。幸い、みんな食事は終わっていた。
この子の存在はともかく、エランちゃんのことをママなんて言ってるのが知れたら大騒ぎだ。
「えっと……フィル、ちゃん?」
「あい!」
ひと気のない所に移動して、改めて女の子……フィルと名乗ったその子に話しかける。
元気がいいのはいいことだ。その調子で、質問に答えていってほしい。
「えっと……どうしてエランちゃんがママなのかな?」
「ママはママだから!」
ダメだ、会話にならない。頑なにエランちゃんをママと言って譲らない。
というか、話してみた感じ……六歳くらいに見えたこの子だけど、実際はもっと幼いのかもしれない。
うーん、名前以外にもいろいろと聞きたいことはあるんだけど……
「その前にエランちゃんに、確認したいんだけど……」
「私ママ違うよ!」
まずはエランちゃんに確認を……そう思っていたら、先に本人に答えられてしまった。なぜか変な喋り方で。
それはまあ、そうだろう。この子がいくつにしろ、エランちゃんは私たちと同い年。こんな子供がいるとは思えない。
ただ、そうするとどうしてこの子が、エランちゃんをママと呼ぶのかわからないわけで。
「それにしても、きれいな白い髪ですわね」
「うん! ママとおそろい!」
「あはは、ママは黒髪ですわよー」
……さすがというかなんというか。ノマちゃんはすでにフィルちゃんと馴染んでいる。
子供の扱いに慣れているのか、精神年齢が同じなのか……ノマちゃんの名誉のために、前者と捉えておこう。
それにしても、この子……普通に考えれば、本当のママとエランちゃんを見間違えた、と考えるのがしっくり来る。
見間違えるほど似てるなら、フィルちゃんの本当のママはかなりの童顔で背も低いってことになるけど。
「……そういえばエランちゃん、昔の記憶がないって言ってたっけ」
思い返せば、確かエランちゃんは記憶喪失だったって話だ。グレイシア・フィールドが、倒れていたエランちゃんを拾い、それ以前の記憶がないと。
なら、もしかしてエランちゃんの身内、親戚、そういった関係の人の子供、とか。
それならば、エランちゃんがママに似ている理由もつく。
それと、フィルちゃんがママとお揃いの髪だっていうなら、白髪の女性。それに、親子で瞳の色が違うってこともないから、黒目。
……白髪はともかく、黒目なんて特徴的な人物がいたら、すぐにわかりそうなものだけど。
「どこから来たかはわかりますか?」
「あっち!」
「方角だけじゃなぁ……」
「なら、迷子ってことで憲兵さんのところに連れていきましょう」
「やだ! ママと一緒にいる!」
わからないことだらけ。ならば憲兵に渡すのが一番なんだけど……フィルちゃんは、エランちゃんに引っ付いて離れようとしない。
これは困ったと、エランちゃんも苦笑いだ。
無理に引き剥がしたりなんかしたら、大泣きしちゃいそうだ。そうすると、やっぱり騒ぎになっちゃうし。
……どうしたもんかな。
「ママー、ママー!」
「わ、わかったから! とりあえず、ママとは呼ばないでー!」
エランちゃんには悪いけど、見ている分には……面白くは、ある。
結局、昼休みの時間で解決することはできず……かといって、フィルちゃんを放り出すわけにもいかず。
離れないフィルちゃんを連れて教室には戻れないので……エランちゃんは、午後の授業を欠席することになってしまった。
この世界では黒髪黒目の人物はもちろん、黒髪、黒目どちらかだけでも珍しいです。




