239話 魔獣が暴れたあと
魔獣を操る人間の存在。それは、ゴルさんや先生にとっては寝耳に水ってやつだろう。まあ私もなんだけど。
その存在であるレジーを、二人は怪しむような見ていた。
「魔獣を操る存在……本当なのか」
「あ、私のこと疑ってる?」
「そういうわけではないが……」
まあ、直接見たわけでもないのに、この人が魔獣操ってました、って言ってもそう簡単には信じてはもらえないか。
とはいえ、今からレジーの拘束を解いて「じゃあ今から魔獣出して」なんて言えるはずもないし。
結局は、信じてもらうしかないわけだよね。
「それはそれとして……その、首輪のようなものはなんだ?」
レジーが魔獣を操れる存在かは一旦置いておいて、先生はレジーの首に浮かんでいる紫色の光を見る。
それは『絶対服従』の魔法……ルランにも見えていたように、当然、私にしか見えないもの、というわけではない。
ぱっと見禍々しくも見えるそれを、さてなんと説明したものか。
魔導に関して人よりも詳しいエルフ族さえ、この魔法についてはなにも知らなかったし……これはこういう魔法です、と説明したところで、二人が信じてくれるだろうか。
二人にまた説明するのも、面倒だしなぁ。
「これは……もう、悪さができなくなるようになる、しるし、みたいなものですよ」
なんと説明すればいいか考えた結果、こうなった。もう悪さができなくなる、か。
まあ間違いではないんだし。私が、もう悪いことをしないようにと言い含めておけば、レジーはなにもできない。
この説明に納得したのかしていないのか、二人とも微妙な表情を浮かべていたけど。ここでまた魔法のこと話したら、話が脱線しちゃいそうだしね。
「とにかく、これでもうこいつは悪さはできませんから。魔獣を操っていた悪者です、捕まえてください。
あ。あとダークエルフに化けて町中を混乱させてたのも、こいつです」
「なんかずいぶんとあっさりした説明だが、まあお前がそう言うなら……ん? ダークエルフに? そうなのか?」
とりあえず、魔獣を操っていたのとダークエルフに化けてあちこちを混乱させたって罪状で、レジーは引っ張れるだろう。
レジーはさっきから黙ったまま……もっとも、本人の意思で黙っているのではなく、私が黙っているようにと念じているんだけど。
この魔法は、別に口に出さなくても、私が念じたことにも従ってくれるから便利なものだ。
「ささ、二人とも行きましょ行きましょ」
「お、おう……」
「おい、押すな……」
このままここに留まる理由もない。それに、さっきまでルランがいたこの場所には、ダークエルフ特有の魔力が残っているかもしれない。
それを感じ取られたら……まあ、この国にはエルフ族がいないから、エルフ族の魔力がわかる人は少ないだろうけど。
ナタリアちゃんがルリーちゃんがダークエルフだって見抜いたのも、昔会ったというエルフ族のお姉さんの魔力を知っていたから、ってことらしいし。
レジーを担ぎ、屋上から降りる。来るときは建物の屋上伝いに来たけど、帰りは普通に階段から、ね。
「……めちゃくちゃになってるね」
地上に降りて、外を見て……ようやく、気づく。魔獣が暴れ回った、その被害を。
ここからは結構離れていたし、魔獣のことをじっと観察している余裕もなかったけど……落ち着いた今なら、わかる。
魔獣のいた場所は、ここからでもわかるくらいに建物が破壊されてしまっている。ここから見てもわかるのだ、あの場所ではいったいどれほどの被害が広がっていたのか。
せめて一般人が巻き込まれていないことを、祈るばかりだけど……
「これでも、被害は最小限に抑えたつもりだ。だが……」
「魔獣一体でこの体たらく。まったく、自分が情けない」
先生とゴルさんが、それぞれ話す。二人とも、できるだけのことをしてくれたと思う。もしも、あそこに私も参戦していたら、もっと被害は抑えられただろうか。
それとも、なにも変わらなかっただろうか。
二人は、自分のことを情けないと言うけど……一度魔獣と対峙した身としては、二人だけであれを倒せるなんて、すごいと思う。
二人がいなければ、被害はもっと広がっていただろうし。
「魔獣の後始末は、国の兵士たちに任せている」
「……そうですか」
魔獣とは、そうそう現れるものでもないし現れていいものでもない。魔物が魔石を取り込めば魔獣になるとはいえ、普通はそうなる前に魔物を倒してしまう。それに、魔獣が現れても人里離れた場所のほうが多い。
だから、こんな町中で魔獣を倒すのは稀。それと……
「全身が白い……あんな魔獣は、見たことがない」
あの魔獣は、白い。そりゃ、魔獣の姿形はいろいろだけど……あんな真っ白で、異形な姿なのは珍しい。
ルリーちゃんの話に出てきたものといい、もしかして人に操られる魔獣はあんな姿をしているのかもしれない。
まあ、いろいろと考えるのは後だ。とりあえずは、さっさとこいつを王様とかに引き渡して……
「あ、エランお姉ちゃん!」
「へ?」
王城への道はどっちだったか……道を確認している私の耳に飛び込んできたのは、私をお姉ちゃんと慕う、愛らしい声。
私は反射的にそちらを向く。そこには、予想通りの人物がいた。
「ビジーちゃん!?」
「わー、エランお姉ちゃん!」
タタタッ、とこちらに駆けてくるのは、黒髪黒目の少女ビジーちゃん。以前私が冒険者から助けて以降、私に懐いている。
私に飛びついてくるビジーちゃんを、優しく受け止める。
まさかこんなところで会えるなんて思ってなかったよ! びっくり!
……じゃなくて!
「ビジーちゃん、なんでここにいるの? ここは危ないんだから、避難しないと……」
「……お前」
こんな危険な場所に、いるのはだめだ。魔獣は倒しても、まだなにがあるかわからないんだから。
そう、彼女を避難させようとして……これまで黙っていたレジーが、声を漏らした。
震える声で、信じられないものをみるような目で。




