風呂場の独白
楽しい食事会と吟遊詩人の歌が終わり、ダグラスたちが帰った後。
ちゃぽん、と風呂場に水音が響く。
聖騎士の衣を脱ぎ捨てた少女アウローラは、自宅の風呂場で湯舟に浸かっていた。
「ふわぁああああっ……今日も疲れたぁ……」
ショートカットの金髪と青い瞳を持った少女は、湯に浸かりながら背もたれにぐったりと寄りかかる。
少女の頬や瑞々しい肢体は、ほんのりピンク色に染まっている。
誰もが羨むような美貌の容姿。
その生まれたままの姿を見た者は、彼女自身のほかには数人しかいない。
男性であれば、今のような大人の容姿になってからは、たった一人。
何かを思い出したアウローラは、恥ずかしそうにブクブクと顔を湯の中に沈めていく。
「ダグラスおじさま……不思議な人ですわ……」
最初の出会いは、英雄的だった。
アウローラの命の危機に颯爽と現れ、怪物をあっという間に倒して、手を差し伸べてくれた。
そしてふらついたアウローラを抱きとめて、優しく頭をなでてくれた。
あのときすでに、少女の心は奪われていたのかもしれない。
その後もさらに何度も優しくしてくれて、ありのままのアウローラを肯定してくれた。
少しぐらい悪い子でもいいんだ、頑張りすぎなくていいんだと言って、また頭をなでてくれた。
それに、ダグラスに侍るように付き従う三人の──いや四人の美少女たち。
とても魅力的で、かわいらしい少女たち。
彼女たちとも一緒になって行った夕食会は、とても楽しかった。
昨晩もそうだが、こんなに嬉しくて楽しくて幸せな気持ちになったのは、久しぶりのことだ。
「こんな日々が、ずっと続けばいいのに……なんて、贅沢すぎるかな……。私はこの身を呈してでも、人々を守らなければならない聖騎士ですのに、こんな自分勝手で……でも……」
でもダグラスは、まずは自分が幸せになるために全力を尽くしてほしいと言っていた。
本当にそんなことをしてもいいのだろうか。
聖騎士としての義務や責務よりも、自分が幸せになることを優先してもいいのだろうか。
「そもそも私、なんで聖騎士になろうとしていましたの……?」
アウローラは独白する。
思い出すのは、優しくアウローラを褒めてくれて、頭をなでてくれた父親の記憶。
憧れていた父親の姿。
多分、それだけだ。
アウローラが聖騎士になろうとした動機。
「そっか……私、褒められたかっただけですのね……」
丸裸になった自分の全部を認識して、アウローラは苦笑する。
笑ってしまうほど単純な動機。
欲しいものが手に入らなくなっても、気が付かないままそれにすがっていた。
だけど──
少しだけ引っかかる。
ただ自分の幸せだけを求めて、堕落して──それではダメな気がする。
それでは自分の本当の幸せには、たどり着けない気がする。
思い浮かべるのは、自分に優しかった頃の父親の姿。
アウローラが憧れたのは、優しくて温かくて格好いい父親の姿だった。
今思えば、それはアウローラの幻想だったのかもしれない。
実際のアウローラの父親は、彼女の記憶の中にいる彼ほどには、立派な人物ではなかったのかもしれない。
でもその理想の父親の姿と、ダグラスの姿とが、アウローラの中で重なった。
「ああ、そっか──私は、ああいうものになりたかったんだ」
優しくて、温かくて、強い。
あんな風に背筋を伸ばせる立派な大人に、自分も──
そこでなぜか、全裸のダグラスに抱かれている自分の姿が思い浮かんだ。
アウローラはさっと頬を赤らめて、またぶくぶくと湯に潜っていく。
(ま、まあ……立派な大人だったら、そういうこともしますわよね……)
立派な大人になるには、適度に息を抜くことも必要なんだろうなと、そう思ったアウローラであった。
***
アウローラの家で食事会をし、吟遊詩人の歌を聞いた夜の、翌朝。
朝食を終えて宿を出ると、目の前にアウローラが待ち受けていた。
「おはようございます、おじさま」
満面の笑顔で、朝の挨拶をしてくるアウローラ。
心なしかどこか昨日までとは違う、憑き物が落ちたような笑顔だった。
背筋は伸びているが無理をしていないような、そんな感じがする。
「お、おう、おはよう。──何か雰囲気が変わったか、アウローラ?」
「えっ……? そうですの?」
「ああ。気のせいかもしれないが……なんか一気に大人っぽくなった気がする」
「ふぅん……。だとしたらきっと、おじさまのおかげですわ。おじさまが私を、大人にしてくれましたの」
にっこり笑ってそう言ってくるアウローラ。
なんだこれ……めちゃくちゃかわいいし、綺麗だ。
どこに視線を置いていいか分からなくなって、俺は思わず彼女から視線を外してしまう。
「そ、そうか……。そりゃあ良かったよ」
「あ、おじさまでもそういう照れ方しますのね。ちょっとかわいいですわ」
「あのな……男はかわいいって言われても微妙なんだよ」
俺は照れ隠し混じりで、アウローラの髪をくしゃくしゃとなでる。
聖騎士の少女は、あははっと笑って、嬉しそうな様子で俺になでられていた。
それからアウローラとともに、聖騎士駐屯地までの道を歩いていく。
早朝で人々が忙しなく動き始める中、アウローラはうちの嫁たちとわいわい話しながら歩いていく。
と、そこに──
「お待ちなさい、そこの男と娘さんたち」
そんな声が聞こえてきた。
何かと思えば、道端で店を構えている占い師らしき婆さんだった。
道端の椅子に腰かけ、大仰なヴェールをかぶった婆さんは、水晶球に両手をかざしている。
そのかたわらには、立派な錫杖などさまざまな小物が置かれていた。
この婆さん、いつぞやも見たような気がする。
そうだ、アウローラと一緒に初めてこの都市に来たときだ。
あのときは、たしか──
「なんだよ婆さん、占いなら間に合ってるぜ」
「そう急くものではありません。占って差し上げましょう──むにゃむにゃむにゃ……カァーッ! むっ、これは……さてはあなたたち、急いでおりますね?」
「ああ、急いでる。じゃあな。──ほら行くぞ、アウローラ」
「は、はいですの」
「ちょっ、ちょっ──!」
俺はアウローラの背中を押し、占い師の婆さんを無視して先に進む。
ああいうのに関わると、無駄に時間を取られる上だけで何もいいことはない。
俺は詳しいんだ。
が──立ち去ろうとする俺たちに向かって、婆さんは言う。
「聖騎士の娘さん、あなたは以前よりもいい顔をしておりますよ。一皮むけましたね」
「……なんだよ、よく見てるじゃねぇか」
なんだか気分が良くなった。
俺は婆さんのところまで戻って、銀貨を一枚渡してやる。
占いを聞く気はないが、いい気分にさせてくれた礼だ。
だが婆さんはそれを受け取らずに、俺に返してくる。
「おっと、失礼だったか。すまない」
「いえいえ。──それよりも、立派な斧をお持ちですね。どちらで手に入れましたか?」
婆さんは俺が担いだロンバルディアに注目してくる。
それを聞いたロンバルディアは、嬉しそうな思念を送ってくる。
『なんじゃこやつ、真っ先に我の偉大さに気付くとは。わが主よ、この占い師は意外と力があるのやもしれんぞ』
適当に当てずっぽうを言って、相手の琴線に引っかかるものを探っているだけかもしれないけどな。
だがまあ、ちょっとだけ付き合ってやるか。
「この斧とは、とある遺跡で出会った。俺の人生を変えてくれた逸品だ」
「ふふっ、やはりそうですか。惹かれ合うものなのかもしれませんね」
婆さんはヴェールの奥の視線を、アウローラのほうへと向けたようだった。
思わせぶりな言葉で相手の興味を引くのは、占い師の常套手段だな。
が、これも何かの縁だ。
一度ぐらい引っかかってやってもいいだろう。
「いいぜ婆さん、一つ占ってくれ。何が見える?」
「いえ、実は私、占いはできないのですよ」
俺はズッコケた。
何なんだこの婆さんは。
「私にはもう、幾許も力は残っていませんから。若い人たちのようにはいきません」
「ああそうかい」
付き合う気になった俺がバカだった。
俺は今度こそ婆さんを無視して、その場から立ち去った。
だがアウローラに合流すると、聖剣使いの少女はなんだか首を傾げていた。
「あの占い師のお婆さんの声、どこかで聞いたことがある気がしますの。どこだったかなぁ……」





