悪い子
なんやかんやあって、翌朝。
俺は嫁たちを連れ、アウローラとともに聖騎士団の駐屯地へと向かった。
街中を歩く道中、俺の話を聞いていたアウローラが驚きの声をあげる。
「えっ……!? おじさま、任務完了の報告を、まだしていなかったんですの!?」
俺はその問いに、ニッと笑いかけながら答える。
「ああ。帰ってくるなりマルコに報告して、またすぐに次の任務だって言われても嫌だったからな」
「で、でも……報連相はやっぱり、ちゃんとしないとダメなんじゃ……」
「報告する相手が、部下のことも気遣ってくれるまともな上司だったらそうだな。だが部下が壊れるまで酷使するような相手には、真面目に付き合っていたら壊れちまうよ」
「で、でも、おじさま……! 相手が悪いからって、自分がちゃんとしなくていい理由にはならないと思いますの!」
アウローラはそう言って、俺のことを純真無垢な瞳で俺を見つめてくる。
俺はそんなアウローラの頭を、よしよしとなでる。
「ふにゅっ」と鳴きながら気持ちよさそうに受け入れるアウローラを見て、俺は微笑する。
「その通りだ。でもそれは『良い子の模範解答』だな」
「……?」
首を傾げる聖騎士の少女。
俺はアウローラに、子供に諭すようにこう伝える。
「アウローラが言っているのは『良い子の模範解答』。俺が言ってるのは『悪いおっさんの処世術』だ。俺はアウローラに、もっと『悪い子』になってほしいんだよ。俺はアウローラが良い子過ぎるから、壊れちまわないか心配なんだ」
「良い子過ぎるから心配、ですの……?」
「ああ。アウローラにはもっと悪い子になってほしい」
「そんなこと言われたの、初めてですわ……。今はまだよく分からないですけど、考えてみますの」
「ああ。そうしてくれると嬉しい」
俺はアウローラの頭を、もう一度わしわしとなでてやる。
聖騎士の少女は、どこか嬉しそうにしていた。
そこにうちの嫁たちが絡んでいく。
「そうそう、ダグラスの言うとおり。アウローラももっと悪い子になろうよ~」
「でもエレンは少し、自重したほうがいい気がするにゃ」
「そうですよ。ダグラス様の伴侶たる者、もっと慎ましやかでなければ」
そんな少女たちの様子をほほえましく見ながら、俺は石畳が敷かれた街の通りをのんびりと歩いていった。
***
聖騎士の駐屯地に着いて、支部長室。
脂ハゲの小太り中年聖騎士マルコは、入室した俺たちをいぶかしむように見てきた。
「冒険者どもとアウローラが、朝に揃いで出勤か……? 隣市からの乗合馬車で、早朝に到着する便はないはずだが?」
その言葉を聞いて、びくっと震えるアウローラ。
どうでもいいところで無駄に鋭いな、マルコ。
他人はすべて敵だと思っていそうなやつだし、疑うことには慣れているのだろう。
「任務はちゃんと果たしてきたんだ。文句はないだろ?」
懐から書状を取り出して、マルコに渡す。
それは隣市兵舎の支部長が書いたもので、俺がアウローラの代わりに任務を果たしたことを証明する文書だ。
マルコはそれをひったくるようにして受け取ると、封を開いて中身を検めた。
「……ふんっ、確かに任務は遂行してきたようだな。いいだろう、認めてやる」
「おいおい、謝礼金がないのはともかく、感謝の言葉もなしか?」
「貴様が勝手にやると言ったのだろう。私が礼を言う筋合いなどない。報酬に関しては目下検討中だ」
「ああそうかい。了解だ」
まあ、ここはマルコの言うとおりだ。
この調子だと、報酬も期待はしないほうがいいだろうな。
と思って、俺は話を丸く収めようとしたのだが──
次に放たれたマルコの言葉で、度肝を抜かれることになった。
「さて、アウローラの体力も回復したな? ではお前たちに次の任務だ。アウローラと冒険者どもには、それぞれ別の任務についてもらう」
マルコが当然のようにそう言ったので、呆気にとられてしまった。
俺はつい、素でツッコミを入れてしまう。
「おいおい、そりゃあ何の話だ」
「今言っただろう、次の任務の話だ。先にも言ったとおり、当国の聖騎士団は現在、防衛戦力が慢性的に不足している。民の命のため、そしてアウローラの休息のため、貴様らも当然働いてくれるな?」
マルコはなおも悪びれもせず、そう言ってきた。
呆れるほかはない。
「……断ると言ったら?」
「ははっ、何を言っているのかね。アウローラはキミのことを『清廉な人物』だと評価していたぞ? まさか聖騎士が認めるほどの清廉な人物が、人助けを断るはずもあるまい。人命がかかっていることは承知しているな? ──それとも、金と女にしか興味がない冒険者は、純然たる人助けなどできんということかね?」
マルコはそう言って、ニヤニヤと笑う。
給料をもらって働いている聖騎士が、仕事の報酬で生活費を稼がなければならない冒険者を事実上タダ働きさせようとして、それを断るなら金の亡者呼ばわりとは驚きだ。
なるほどな、これはなかなかの外道だ。
アウローラでは荷が重いのも無理はないか。
あまりの言い分に腹を立てたアウローラやうちの嫁たちが、マルコに食って掛かろうとする気配があったが、俺はそれを手で制する。
そしてマルコに問う。
「一応確認だが、報酬は?」
「ふんっ、目下検討中だと言っただろう。話はちゃんと聞いておけ」
「オーケー、分かった」
俺は一つ、大きくため息をつく。
マルコがニヤリと笑った。
俺はマルコに、こう返事をする。
「その任務、断る」
「…………は?」
ニヤニヤ笑いをしていたマルコの顔が、一瞬で凍りついた。
対して笑うのは、俺のほうだ。
「どんな任務かは知らないが、断ると言ったんだ。──ま、そもそも俺はこの国の聖騎士じゃねぇし、任務なんて呼び方からおかしいんだが」
「なっ……何を言っているのだ、貴様……! 人命がかかっているのだぞ! 貴様はトロール三体を一人で倒せるほどの力を持っているらしいじゃないか! その力は力なき人々のために使われねばならんし、貴様にはその義務がある! そうではないかね!?」
マルコは机をバンバンと叩く。
アウローラを恫喝するのに使っていた手段だ。
だがそんなもの、俺には効かない。
俺は耳をほじって出てきた耳くそをふっと吹いてから、マルコに答える。
「義務感だの責任感だの、そういうのはテメェ自身の心に持つべきもんだろ? それを他人に強要して、都合のいい駒としてこき使うためのものじゃねぇよな?」
「ぐっ……! ──だ、だが、ならば貴様は、人の命などどうなっても構わんというのか!」
「そうは言ってねぇよ。俺は俺で勝手に動いて、その先で可能な限り人命を救うかもしれない。でもそうするかどうかは俺が決めることだ。俺がどうするかを決めるのはマルコ、あんたじゃない」
「ぐぬぬぬぬっ……!」
マルコは悔しげに、バンバンと机をたたく。
恫喝の手段というより、ただの癖なのかもしれない。
──ま、ひとまずこのぐらいでいいか。
俺はそれだけの「前置き」をしてから、あらためてマルコに問う。
「さて──それじゃあ、互いの立場ってものを分かってもらったうえで、本題を聞こうか」
「は……?」
「俺たちにやらせようとしていた『任務』とやらの内容だよ。気が向いたら、やってやってもいいぜ?」
俺はそう言って、マルコに向かってニヤリと笑いかけた。





