オーク退治(1)
オーク退治は、街の近隣にある、とある村からの依頼だった。
その具体的な内容はこうだ。
村の近くにオークが出没して、狩人の一人が命を落とした。
村そのものも、そのオークどもにいつ襲われるか分からない。
だから、やつらのねぐらと思しき洞窟まで行って、そこにいるオークをすべて討伐してきてほしい。
俺とミィナは、検定員である剣士の少女エレンに連れられて、まずは依頼をしてきた村へと向かった。
村までは、朝に街を出立して、昼前には到着した。
そこで村長から話を聞いて、オークのねぐらと思しき洞窟の場所を教えてもらう。
洞窟は、村を出て森を進み、しばらく行った場所にあるという。
俺とミィナ、エレンの三人は村を出て、村長から教わった方角へと向かった。
そんな道中、エレンは森の中をのんびりと歩きながら、俺に声を掛けてくる。
「一応確認しておくよ。オークがどういうモンスターかっていうのは、ダグラスは当然知ってるよね?」
「もちろんだ。俺ぐらいの冒険者歴でオークを知らないやつがいたら、俺はそいつの経歴を疑うよ。ミィナはどうだ?」
「うーん、なんとなくにゃね。体がダグラスみたいに大きくて、体は緑色で、豚みたいな顔をしてるんにゃよね?」
「あははっ。だいたい合ってるけど、ダグラスよりもっと大きいよ。それでもって、もっとおデブちゃんなの。ダグラスは太っているっていうより、体格がいいって感じだよね。筋肉もムキムキで、たくましい男の人代表、みたいな」
「あー、分かるにゃ。その体で、ぎゅーって抱きしめられてみたい感じにゃ」
「そうそれ。ダグラス格好いいもんね。これでボクより強い人だったら、ボクもきっと惚れてたね。そのあたりはちょっと残念」
「…………」
オークの話が、いつの間にか俺の話になっていた。
なぜだ、俺がオークみたいだというのか。
しかもあけすけな女子トークに花が咲いており、どうにも口を挟みづらい。
これまでの人生で聞いたことのないやつだ……。
それにしても、おそろしいまでのモテ期到来である。
スキル【カリスマ】、おそるべし。
調子に乗って、モテ男っぽい態度をとってもいいかな。
ダメか。ダメだな。
「あー、ごほんっ。それはともあれオークの話だ。いいかミィナ──」
俺は強引に話を戻しつつ、新人冒険者であるミィナに、オークと対峙する際に必要な冒険者としての基礎知識を教えていった。
オークはランクF+という、なかなかの強さのモンスターだ。
F+というランクが意味するのは、並みの兵士やFランクの一般冒険者では、一対一で戦えば敗北する公算のほうが大きいということ。
さらに言えば、Eランクの冒険者──すなわちロンバルディアを手に入れる前の俺のようなベテランの一般冒険者でも、ちょっとしたミスで簡単に敗北しうる相手ということである。
オークの戦闘スタイルは、大型の棍棒を怪力で振り回してくるだけというもの。
だがそれを侮ることはできない。
動きはやや鈍重だが、二メートル近い巨体から繰り出される攻撃のパワーはかなりのもので、並みの兵士や冒険者ならば一撃もらえば致命傷だ。
さらに生命力も強く、並みの戦士が一撃や二撃、攻撃を叩き込んでもなかなか倒れてくれない。
つまり──繰り返しになるが、一般の冒険者にとっては、オークは強敵ということだ。
ただその代わりにオークは、「一体見たら最低十体はいると思え」と言われるゴブリンなどと比べると、あまり大きな群れは作らないことが多い。
ねぐらでも全部で十体を上回ることは稀だし、一度に動く数となるともっと少ない。
冒険者がオークと遭遇するとき、その数は通常一体から二体、多くても三体までであることがほとんどだ。
だから一般冒険者がオークと遭遇した場合、その数が自分たちの半数よりも多い場合は、戦ってはいけないというのがセオリーだ。
必ず二人以上で、一体のオークの相手をする。
それが、一般冒険者がオークと戦うときの一般的な戦術である。
「……にゃるほど。一対一で戦ってはいけないにゃか」
「ああ。特にミィナはまだ経験が浅い。無理をして戦うべき相手じゃない」
俺はそのように、ミィナに冒険者の常識を教えた。
だがそこに、非常識な才能を持つ剣士が、横から口を出してくる。
「ふぅん、なるほどぉ。普通の冒険者って、そういう風に考えるんだ。勉強になるなぁ」
エレンがいかにも天才らしい、今度はさすがに嫌味とも聞こえる相槌を打ってきた。
おそらく本人には、その自覚はないんだろうが。
「……ちなみにエレンは、オークと遭遇したらどう戦うんだ?」
「んー、普通に? 速さで翻弄するよ。さすがに四体とか五体といっぺんに戦うとしんどいけど、一体や二体が相手だったら、一切直撃をもらう気はしないね。タフって言ったって、ボクの攻撃力なら一息で倒せるし」
「さすがは若き天才剣士、Cランク冒険者様だ。言うことが違う」
「どうも。褒め言葉として受け取っておくよ」
そう言って、にこっと笑いかけてくるエレン。
才能がないやつのやっかみにも、慣れているらしい。
一方で俺の方は、いまだにどうも僻み根性が残っているらしい。
長年かけて培ってきた性根は、なかなか直るもんじゃないな。
「……悪い、エレン。言い過ぎた。今のは忘れてくれ」
「ううん、いいよ。ボクもなんか、気に障ることを言っちゃったんでしょ? よくあることだから」
「……お前さん、本当にサバサバしてるな。若いのにたいしたもんだ」
「えへへーっ、どうも」
またにっこり笑いかけてくるエレン。
そんな笑顔も可愛いと思っちまうんだから、美人ってのは得だなと思った俺だった。
そんな話をしながら進んでいると、やがて目的の場所と思しき洞窟が見えてきた。
俺たちは木の陰に隠れるようにして、洞窟の入り口を覗き見る。
洞窟の前には、一体のオークが立っていた。
見張りなのだろう。
それを見たエレンが、俺に言う。
「一体だ、ちょうどいいね。──じゃあダグラス、一人で行ってアレと戦ってきて」
「……ま、そう来るだろうな」
俺は聖斧ロンバルディアを肩に担ぎなおして、立ち上がる。
一方、そんなエレンと俺の様子を見て、首を傾げたのがミィナだ。
「にゃっ……? オークは一対一で戦ったらいけない相手だったんじゃなかったにゃ?」
「うん、そうだよ。でもダグラスが言ったそれは、『FランクやEランクの普通の冒険者だったら』の話だ。ダグラスはDランクの冒険者になるための申請を出したんだから、それにふさわしいだけの実力を見せてもらわないといけない」
「あー、にゃるほど」
エレンから説明されて、ミィナは腑に落ちたという様子で見守りモードに入った。
それを見たエレンが、少し不思議そうな顔をする。
「ねぇミィナ、ダグラスのことが心配じゃないの? ボクが聞いた話だと、彼はここ二十年ぐらい、万年Eランク冒険者のままだったって話だよ。それなのに……ダグラスのことを信じているってこと?」
「んにゃ、心配じゃないかって言ったら、ミィナはこの目で見たわけじゃないから、ちょびっとだけ心配にゃ。でも多分、ダグラスは嘘をついていないから、大丈夫にゃ」
「……?」
ミィナの返事を聞いたエレンは、なおも首を傾げていた。
俺はそんなエレンに声を掛ける。
「じゃ、行ってきていいか?」
「う、うん、いいけど……ダグラスもあまり、気負った様子じゃないね。ボクも危ないと判断したら助けには入るつもりだけど、それが間に合うかどうかは分からないよ? 冒険者は自分の命は自分で守る。それがランクアップ試験でも変わらないのは、知ってるよね?」
「ああ、もちろんだ」
「それならいいんだけど……」
エレンはやはり、不思議そうに首を傾げる。
まあ、Dランクへの昇進試験に万年不合格の俺がこの状況で余裕を見せていたら、不思議には思うか。
ただ──正直なところ、今の俺にはオークに負ける予感など塵ほどもない。
「んじゃあ、行ってくるぜ。よく見てろよ、エレン検定員」
俺はそう言って、それまで隠していた闘気をむき出しにする。
すると──
「──っ!?」
びくんっと、エレンが震えた。
天才剣士の少女は弾かれたように腰の剣に手をかけ、慌てて周囲を見回す。
その手がカタカタと震えていた。
エレンは周囲のどこにも脅威を見つけられなかったのか、最後に俺の方を見る。
そして驚愕の表情を浮かべて、怯えるように一歩、二歩と後ずさった。
「なっ……何が……なんで……!?」
俺はそんなエレンにニヤリと笑って返すと、見張りのオークのほうへと向かってのんびりと歩いていった。