秘め事
「んっ……」
アウローラは自宅のベッドの上で目を覚ます。
寝室には木窓からは、夕日が斜めに射し込んでいる。
昼寝の時間は終わりだ。
だがアウローラは、ベッドの上で毛布をかぶったまま、もぞもぞとする。
「んんっ……こんなにゆっくりしてていいなんて、夢みたい……本当にいいのかな……」
ずっとしっかり休んでいなかったから、すっかり忘れていた。
ただベッドでごろごろするだけの時間が、こんなに幸せだったなんて。
「これでダグラスおじさまが、隣で寝ていてくれたら──って、バカバカ! 私ってば、何考えてますの!?」
優しく抱きとめられ、頭をなでられたときのことを思い出す。
たくましい胸板に顔を押し当てて、男の人の肌の匂いを嗅いでしまったあのとき。
「あの三人の女の子は、おじさまのお嫁さんだって言ってましたの。あの三人は、いつもあんな風におじさまになでなでしてもらってるのかな……いいなぁ……ひょっとしたら、それ以上のことも……」
そこまで想像してしまって、顔を真っ赤にしてぶんぶんと頭を振るアウローラ。
だがそれから少しの間、少女は毛布の下でもぞもぞとした。
しばらくそうしていたとき──コンコン。
家の扉がノックされた。
「──っ!?」
「おーい、アウローラ、帰ってきたぞ。体調はどんな具合だ?」
ベッドの上でびくっと跳ねあがるアウローラの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ダグラスの声だ。
昨日の今日で、この時間だ。
任務が順調にいけば、帰ってきて当然の時間。
「……っ! ちょっ、ちょっ、ちょっと待っていただけますかしら! 今出ますわ!」
アウローラは慌てて、ベッドから飛び出した。
***
隣の都市で“竜神器十将”の一人、棍使いのネツァフを難なく打倒してきた俺。
再び乗合馬車を使って、聖騎士の少女アウローラのいる都市へと戻ってきた。
時刻は夕刻だ。
俺はアウローラの様子を見ようと、まずは彼女の家を訪れる。
「おーい、アウローラ、帰ってきたぞ。体調はどんな具合だ?」
家の扉をノックして、声をかける。
ひょっとしたら寝ているかとも思ったが、わずかの間があってから少女の声が返ってきた。
「……っ! ちょっ、ちょっ、ちょっと待っていただけますかしら! 今出ますわ!」
なんだか慌てた様子だ。
中からバタバタと音がする。
「慌てなくていいぞ。ゆっくりでいいからな」
「は、はいですの……! ──ど、どうしよう、このままの格好で……き、きっと大丈夫ですわ!」
少しして、家の扉が開く。
扉の向こうから、寝間着姿の少女が恥ずかしそうに姿を現した。
「おっと悪い、寝てたか?」
「い、いえ、ちょうど起きたところでしたの。……任務、終わったんですの?」
「ああ。元凶の相手を倒して、もう悪さができないようにしてやったよ」
「さ、さすがダグラスおじさまですわ」
そわそわした様子で、そう応じてくるアウローラ。
アウローラの様子が、どこかぎこちない気がする。
ほぼ三日間たっぷりと休んだはずだが、まだ体調が回復しきっていないのだろうか。
「ちょいと失礼」
俺はアウローラのおでこに、自分の額を当ててみる。
寝間着姿の少女は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
俺は身を引いてから再び声をかける。
「悪い悪い、驚かせたか? ──熱はもうないみたいだが、まだ本調子じゃないなら、もう数日休むか?」
「い、いえ……体調は、もう万全ですの……」
頬を赤く染め、もじもじとするアウローラ。
「そうか。何度も言っているが、無理はするなよ」
俺はアウローラの頭を優しくなでる。
寝間着姿の少女は少し戸惑いながらも、えへへっと嬉しそうにはにかんだ。
それはそうと──
「……ところでエレン、お前はさっきから何をやっているんだ?」
俺の隣では、エレンがくんくんと、何やらしきりに匂いを嗅いでいた。
こいつときどき犬かと思うような動きをするよな。
「いやぁ、ちょっと気になることがあってね。……くんくん、くんくん……」
エレンは匂いを嗅いでいって、やがてアウローラへと近づいていく。
そしてついには、アウローラに急接近して、その匂いを嗅ぎ始めた。
「な……何をしているんですの、エレンさん……?」
「んー? いやね、匂いがしたんだよ」
「に、匂いって……何のですの……?」
アウローラがそう聞くと、エレンはにやぁっと笑う。
そして寝間着姿の少女の耳元に口を近付けて、何かをささやいた。
するとアウローラは、びくっと跳ねあがる。
彼女はこの世の終わりだというような恐怖に慄いた顔で、エレンを見る。
「ち、違いますわ……私は、そんなこと……」
「ふっふーん、違わないでしょ? ──いいのかなぁ、聖騎士が嘘をついて」
「ま、待って……お願い……おじさまには言わないで……」
「ふぅん、そういうこと」
エレンが蛇のようにアウローラに絡みついていく。
その姿はとても楽しそうだ。
対するアウローラは、蛇に睨まれた蛙という様子。
「おいエレン。何だか知らんが、アウローラをあまり困らせるな」
「んふふっ、知らぬが花だねぇ。──ね、アウローラ?」
「ううっ……」
相変わらず何だかよく分からないが、寝間着姿のアウローラは恥ずかしそうな様子で小さくなっていた。





