鞭使い
翌朝──
「ダグラスさーん、自分、すっごく気持ちよかったっすーっ! またいつか会うことがあったら、また自分のことを食べてほしいっすよー! それじゃ、さよならっすー!」
いかがわしい宿の前の街頭。
棍使いの少女ネツァフは公衆の面前でそう言ってから、ぶんぶんと手を振って立ち去って行く。
彼女とは一夜を共にして、男女の営みを決行。
その最後には、俺はネツァフに【奴隷化】を仕掛け、殺人を禁止した。
結果として、お互い恨みっこなしでさようならとなった。
俺は彼女らの行いを、悪行として「裁く」つもりはない。
望むのはただ「危害を取り除く」ことだけだ。
などと思っていると──
「──おっと、言い忘れてたっす」
そう言って、立ち去ろうとしていたネツァフが、てててっと戻ってきた。
棍使いの少女は俺の前まで来て、こう伝えてくる。
「ダグラスさんは自分のこと負かしたのに生かしてくれたから、お礼にいいこと教えてあげるっす。この国には自分のほかに、三人の“竜神器十将”が来てるみたいっすよ」
「ほう……?」
ネツァフとは別に、三人か。
そいつは穏やかじゃないな。
それからネツァフは、自分の首に嵌まった【奴隷化】の首輪を、指先でこんこんと叩く。
「んで、“鞭使い”の姐さんには気を付けたほうがいいっす。これと似たような技を持ってるっすから。──んじゃ、今度こそさよならっす。ばっははーい♪」
そう言いたいことだけを言って、ネツァフはまた奔放に走り去っていった。
やれやれ、嵐のようなやつだったな。
だが、最後に言っていたことは気になる。
話が本当なら、その“鞭使い”は最重要警戒対象になるが……。
まあどっち道、そいつがどこにいるかが分からないことにはどうしようもない。
頭の端っこに引っ掛けておく程度だな。
そうしてネツァフを見送ってから、俺は嫁たちのほうへと向きなおる。
「さて、これで一難去ったってところだな。アウローラのもとに帰るか」
「……ダグラスが人助けをしながら、どんどん自分の女を増やしていくにゃ……」
ミィナが呆れた顔で、そんなツッコミをしてくる。
俺は口笛を吹いてとぼけつつ、乗合馬車の停留所に向かって歩いていく。
ミィナ、エレン、セラフィーナの三人は顔を見合わせ、一度楽しそうに笑ってから、小走りで俺を追いかけてきて抱きつくのだった。
***
ダグラスが“竜神器十将”の一人、棍使いのネツァフを打ち倒したのと同じ日。
日没をとうに過ぎた、暗闇が支配する時間。
木々が鬱蒼と茂る森の中に、広場のようにぽっかりと開けた場所がある。
そこで一人の女性が、武器やたいまつを持った多数の人間に取り囲まれていた。
「あらあらまあまあ。ずいぶんと大勢で、ご苦労様なことね~」
女性はそう言って、余裕の態度で笑う。
ゆったりとした衣服をまとった美女で、見た目の歳は二十代後半といったところ。
手にしているのは、一本の鞭だ。
女性を取り囲んでいるのは、聖騎士団の一部隊だった。
構成員は聖騎士三名と、兵士およそ五十名。
指揮官は、聖王国ディヴァルディの聖騎士団、統括副団長ルーナ。
二十代中頃のクールビューティーで知られるルーナだが、剣の腕は凄腕揃いの聖騎士たちの中でもとびきりだ。
最近現れた「聖剣使い」の少女アウローラを例外とすれば、彼女は聖騎士団全体でも一、二を争う実力者と目されていた。
ルーナは鞭を手にした女性に向かって、凛とした声を発する。
「最近国内の村々で起こっている大量虐殺事件──その犯人があなたですね? 『聖剣使い』の報告では、二振りの短剣を手にした幼い少女の姿をしているとのことでしたが……魔法などにより、姿を変えられるのですか? それとも……考えたくはないですが、同じような怪物が二人もいるということでしょうか」
「さあさあどうかしら~? 捕まえてみれば分かるかもしれないわね~」
「……そうですね。もっとも、この人数に囲まれても余裕を見せているあたり、あなたの命を取らずに捕縛するなどという真似ができるかどうかは分かりませんが」
ルーナは剣を抜き、鞭を手にした女性と対峙する。
だがその前に、彼女は自らの隣に控えていた二人の聖騎士に、小声でこう伝えていた。
「──最悪でも、私が動きを止めます。その間にどんな手段を使ってもいい、必ずあれを仕留めてください。これ以上、民の命を奪うことを許してはいけない」
「わ、分かった」
ルーナの覚悟を悟った二人の聖騎士は、彼らもまた覚悟とともに剣を抜く。
ルーナは自分の命を賭してでも、あの美女の姿をした怪物を仕留めるつもりなのだ。
すでに国内で、四桁規模の犠牲者が出ている大量虐殺事件。
その犯人は神出鬼没で、国内の村々を襲っては、そこにいる罪もない村人たちを虐殺して、また姿をくらませる。
草の根をかき分けて探し、ようやく尻尾を掴んで聖騎士団による討伐部隊の一隊が会敵したかと思えば、二十人からなる分隊規模の兵力があっさり返り討ちに遭う始末だ。
まるで悪夢のような、目に見えない敵からの襲撃。
それが国内のあちこちで起こっていて、聖王国が誇る聖騎士団は、疲弊していた。
ゆえに、ここで仕留めなければいけない。
聖騎士ルーナは剣と盾を構え、鞭を手にした女性の前に静かに立つ。
一方の鞭の女性は、にこにことした笑みを崩さない。
「あらあらまあまあ、怖い目ねぇ。これは少し、気を付けないといけないかもしれないわ~」
だがそれを挑発と見たルーナは、相手にしない。
静かに息を整え──
「聖騎士ルーナ──参ります」
強く地面を蹴った。
疾風のごとき速度で、鞭の女性へと突っ込んでいく。
接近──剣の間合いまで、あと二歩という距離。
そのとき鞭の女性は、ルーナを迎撃するように鞭を振るった。
(速い! 一度遠ざかってよけるか──いや、この軌道なら!)
ルーナは襲い来る鞭の一撃を、足を止めずに盾で受け止めようとする。
多少威力が強かろうとも、盾で防げば一撃で致命傷にはなるまい。
今必要なのは、肉を切らせて骨を断つことだ。
痛みを我慢する訓練は積んでいる。
問題はない──そのはずだった。
「うふふっ──【快楽の鞭】♪」
鞭の女性が、何かをつぶやいた。
ルーナがその言葉の意味を認識するよりも早く、聖騎士の身を鞭の一撃が襲う。
──バカァンッ!
鞭のおそるべき衝撃力により、金属枠で補強された木製の盾は、一撃で粉砕された。
さらに盾で受け止めたことにより、鞭の先端部がルーナの背中をしたたかに打ちつける。
(問題ない──!)
そこまではルーナの計算どおりだった。
ルーナが身に着けている金属製の銅鎧は、そのダメージを防いでくれるはず──
──ピシッ!
「んひぃっ……!?」
聖騎士ルーナはその一撃でがくりと崩れて転倒、勢いのままに地面を転がった。
「「「えっ……?」」」
周囲で攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっていた聖騎士や兵士たちが、何が起こったのか分からないという声をあげる。
何が起こったのか分からないのは、当の攻撃を受けたルーナも同じだった。
(な……何、これ……こんなダメージ……私……知らない……)
鞭を受け止めた直後、左腕と背中から来た衝撃が脳に伝わり、ルーナの頭が一瞬で真っ白になった。
気が付いたら、全身の力が抜けたルーナは、地面を転がっていた。
今は無様に地べたに突っ伏している。
すべては鞭が与えてきた、ダメージのせいだ。
被弾者の脳に直接働きかけてくる、謎のダメージ。
「あっ……あ、あっ……!」
地面に突っ伏した聖騎士ルーナは、今や無様に地べたを這うばかり。
剣を握る手にすら、力が入らない。
「こ、こんな……私が、どうして……」
「あらあらまあまあ……ふふふっ、この【快楽の鞭】は、日ごろ内側に欲求を溜め込んで抑圧している人ほどよく効くのよね~。あんまりかわいいから、もっといじめたくなってくるわ~。そぉれっ♪」
「ま、待って……そんなの、耐えられ──んひぃっ! あひんっ!」
──ピシンッ、パシンッ!
鞭で打たれるたび、聖騎士ルーナの体がのたうつ。
その姿はまるで、主に鞭打たれて躾けられる奴隷のよう。
「あひっ……あ、ああ……」
しばらくの後には、クールビューティーな聖騎士の姿は、もはやどこにもなくなっていた。
だらしなく舌を出し、びくびくと地面をのたうち回るだけの、みっともない鎧姿の女性がそこに倒れているだけ。
一方──
彼女からあとを託された二人の男性聖騎士は、あっという間に屈服させられてしまった同僚を見て、ごくりと唾を飲んでいた。
だが一人がすぐに気を取り直して、兵たちに指示を出す。
「い、一斉にかかるぞ! あの悪魔を、何としてもここで倒すんだ!」
「「「お、おおっ!」」」
呆気に取られていた兵士たちが、聖騎士の号令で戦意を取り戻す。
そしてみな勇敢に、鞭使いの女性に向かって武器を振り上げ攻撃を仕掛けていく。
だが鞭使いの女性は、笑顔を絶やさない。
「一対多数は、得意なんですよ~?」
──ヒュン、ヒュン、ヒュヒュヒュヒュンッ!
女性を中心に、鞭が縦横無尽に乱れ舞う。
彼女に襲い掛かろうとした兵たちが次々と鞭に打たれ、倒れていった。
しばらく攻防を続ければ、当初五十名ほどいた兵士たちはその大半が地に倒れ伏していた。
否、攻防などと呼べるものではない。
一方的な殲滅。
鞭使いの女性は最初の位置から、ほとんど動いていなかった。
残る兵の数は、聖騎士二名を含めて十名を下回るほど。
聖騎士は苦渋の声をあげる。
「て、撤退だ! この敵の情報を、必ず持ち帰って──ぐわぁああああっ!」
その聖騎士も、鞭に打たれて倒れる。
ついに鞭使いの女性が動いて、攻勢に出たのだ。
その速度は、聖騎士ルーナをも凌ぐほど。
「ふふふっ、逃がしませんよ~? あなたたちにはここで、しっかりと全滅してもらわないといけないんだから~」
それからしばらく──森の中に、いくつもの悲鳴が響き渡る。
その声も最後の一つが消えた。
後に立つのは、鞭を手にした女性一人。
鞭使いの女性は、最初に打ち倒した聖騎士ルーナのもとに歩み寄る。
「くっ……ま、まだ……!」
正気に戻った聖騎士ルーナは、力の入らない体で必死に剣をとり、立ち上がろうとしていた。
鞭使いの女性は、そんな聖騎士の剣を掴んだ手を容赦なく踏みつけ、靴の裏でぐりぐりと踏みつけにする。
「いっ……ぁあああっ……!」
「ふふふっ……まだおいたをする元気があったのねぇ? だったらもっともっと、痛めつけてあげないとね~?」
「そ、そんな……待って……もう、無理……あひっ! あひぃんっ! ひぁあああっ!」
──ピシッ、パシッ、パシィンッ!
さらに幾度も鞭で叩かれた女聖騎士は、やがてまたびくびくと痙攣するばかりの姿になってしまった。
その様子を満足げに見下ろす鞭使いの女性。
彼女は聖騎士ルーナのそばに膝をついて、倒れた相手の首に手を当てる。
「うふふふっ……あなたはかわいいので、私のペットにしてあげますね~。──【調教の首輪】♪」
「えっ──うわぁああああああっ!」
聖騎士ルーナは、さらにびちびちとのたうち回る。
そして──
「あっ……あ、ああっ……」
やがて瞳の光彩を失ったルーナ。
女聖騎士の首には、それまでになかった銀の首輪が嵌まっていた。





