棍使いの少女
俺は嫁たちと共に、兵舎の建物から外に出ていく。
兵舎庭先の門付近には、すでにたくさんの兵士たちが出てきていた。
彼らはそこで、見知らぬ一人の少女を取り囲んでいる。
「やあやあ、こう大勢に出迎えられると、兵舎破り冥利に尽きるっすねー」
少女は大勢の兵士たちに取り囲まれても、まるで慌てた様子もない。
手にした戦棍を構えることもなく、暢気な様子でにこにこしていた。
鮮烈な赤髪を持った少女で、外見年齢はうちの嫁たちと同じぐらい。
モンクが好んで着る類の道着を身に着けている。
少女──と言っても例によって実年齢は俺より上なんだろうが──はさらに、兵士たちを挑発するようにこう言ってくる。
「でも自分、雑魚を虐殺するのにはあんまり興味ないんすよ。なもんで、ここで一番強いやつに前に出てきてほしいっす。出てこないなら、しょうがないから皆殺しっすけど」
「なんだと貴様! やれるもんならやってみろ!」
「ガキが、調子に乗りやがって!」
彼女を取り囲む兵士たちが息巻いて武器を抜く。
少女がニヤリと口元を歪めた。
「へぇ、抜くんだ──だったら命はいただくっすよ」
少女の目が、ギラリと光る。
彼女が戦棍を手に構えれば、周囲の兵士たちはその気迫にたじろいだ。
だが──
「待ちなさい、あなたたち。何のためにダグラスさんに来てもらったと思っているんです」
いきり立つ兵士たちを制止したのは、兵舎の隊長だった。
隊長は俺に「お願いします」と声をかけてくる。
どうやら出番のようだ。
「どぉーれ。それじゃあ用心棒として、働くとしようかね」
俺は少女の前に、のしのしと出ていく。
彼女を取り囲んでいた兵士たちが、俺のために道を開ける。
少女と対峙した。
戦棍を手にした少女は、嬉しそうに口元を吊り上がらせる。
「へぇ、用心棒っすか。なぁんだ、じゃあ自分が今日ここに来ることはバレてたんすね」
「ああ。分かりやすい犯行ルートだったから、次の行動も読みやすかったそうだぜ」
「ま、その辺は何も考えてなかったっすからね自分。──でも、そこまで分かっていて自分の前に立つなら、おじさんは相当の使い手ってことっすよね?」
「まぁな。本当はお前さんとやり合うのは別のやつになる予定だったんだが、残念ながら体調不良で急遽欠席だ。代わりに俺が相手をすることになった。お手柔らかに頼むぜ」
「いやぁ、それは難しいんじゃないっすか? どんなにお手柔らかにしたって、最後は殺すわけっすよ」
「ああ、そうそう、そいつは確認しておきたかったんだが。──お前さん、俺に負けたときには何をされても文句はねぇってことでいいか?」
「あはははっ、本当に勝てる気でいるんすね! ──もちろん文句ないっすよ。これは強者同士の殺し合いっす。負けたやつは勝ったやつに食われて血肉になる。当たり前のことっす」
「そうか、それは良かった」
俺は聖斧ロンバルディアを構える。
少女もまた、戦棍を構えて戦闘態勢をとる。
彼我の距離は十歩ぶんもないぐらい。
俺か向こうのどちらかがその気になれば、一瞬で近接戦闘の間合いに入る距離だ。
「それじゃあ──“竜神器十将”が一人、棍使いのネツァフ、参るっす!」
「斧使いの冒険者ダグラスだ──行くぜ!」
俺と少女、両者同時に地面を蹴った。
互いに近接攻撃型の武器だ。
接近戦になるのは必定。
だが武器のリーチは、向こうのほうが長い──
「──ほっ!」
──パァンッ!
「ぐっ……!」
ほとんど何をされたのか分からないうちに、俺は胸に痛みを感じていた。
一瞬後に、あの戦棍で左胸を突かれたのだと気付く。
速い。それに洗練された動き。
戦棍を腕の一部のように使って放たれる、目にも止まらぬロングリーチの突き攻撃。
だが──
「──ぉおおおおおっ!」
俺も止まらない。
ダメージを無視して突進。
棍使いの少女が驚きの表情を浮かべる。
「くっ……!?」
少女は慌てた様子で、俺を押し返そうとさらに三発の突きを入れてきたが、俺はそのダメージも無視。
胸骨にヒビが入る程度のダメージはあるが、ここで怯んだら勝てるものも勝てなくなる。
そしてようやく、斧の間合い。
「──っらあ!」
「うわっと!」
俺がロンバルディアを振るうと、少女は慌てて飛び退る。
すんでのところで回避された。
棍使いの少女はさらにぴょんぴょんとバックステップで後退し、俺から距離をとる。
そして額の汗を、ふぅと拭った。
「は、ははっ……おじさん何者っすか……? 普通の人間だったら、最初の一撃で心臓が破裂してるはずなんすけどね」
「そっちこそ大したもんだ。そう素早いと、やりづらくてしょうがねぇ」
「なんて言ってるわりに、余裕そうっすね。──これは自分も、本気を出さないとダメそうっす。これやると数日反動があるから、なるべく使いたくないんすけど──そうも言ってられない相手っすもんね!」
そう言って少女は、再び棍を構え──
「──はぁあああっ! ──【リミットブレイク】!」
──ゴォオオオオオッ!
少女の全身から、闘気が解放された。
わずかな灯りで照らされた闇夜の中に、はっきりと目視できるほどの輝きが発せられる。
その莫大な闘気はびりびりと空気を震わせ、周囲の兵士たちをもびくりと震え上がらせた。
おそらくは、一時的な全能力強化スキルといったところか。
「さあ──行くっすよ!」
少女は地面を蹴る。
最初の交戦時よりも、さらに速い。
「これで終わりっす──【竜炎撃】!」
戦棍が炎を纏う。
攻撃の威力を増加するスキルだろう。
少女は俺に向かって、突きを繰り出そうとして──
もちろん俺だって、黙って見てはいなかった。
「──【重圧】【神速】!」
「えっ……?」
炎をまとった戦棍が突き出されたときには、俺はすでに横手に回り、攻撃を回避していた。
驚きの表情を浮かべる少女。
少女の動きが急激に悪化し、逆に俺の速度が劇的に上がったのだ。
目の前には、棍を思いきり突き出した姿勢で上半身が流れる少女の姿。
俺は左手で、こぶしを握る。
「ちょっと痛いが、我慢しろよ! ──【ホーリースマッシュ】!」
──ドォオオオンッ!
俺は下から突き上げるように、輝く拳のボディーブローを叩き込んだ。
「──うぶっ……! か、はっ……!」
少女の体が持ち上がり、くの字に折れ曲がる。
俺が拳を引くと、少女はがくりと膝をつく。
からんと、棍が地面に落ちた。
俺はロンバルディアの刃を、少女の首筋に押し当てる。
「チェックだ。俺の勝ちってことでいいな?」
少女は咳き込みながらも、震える両手を上にあげた。
「けほっ、けほっ……! つ、強すぎるっす……【リミットブレイク】まで使った自分が……まったく歯が立たずに、いいようにされるなんて……か、完敗っすよ……」
降参の意志表示だった。
俺は彼女の首筋に当てていたロンバルディアを引いて、少女に手を差し出す。
「「「うぉおおおおおっ! すげぇえええええっ!」」」
兵士たちから歓声が上がる。
夜分に近所迷惑なことだが、まあしょうがないな。
戦棍使いの少女は、俺の手を取った。
膝をがくがくと震わせながらも、どうにかという様子で立ち上がる。
「はぁっ……はぁっ……じ、自分の負けっすよ……おじさん、信じられないぐらい強いっすね……でも……」
「でも……?」
一度降参したのに、まだやるつもりだろうか。
などと、思っていると──
「──隙ありっす♡」
「んむっ……!?」
何を思ったのか、少女は俺に抱きつき、唇を重ねてきた。
「「「へっ……?」」」
兵士たち、そしてうちの嫁たちの驚きの声。
もちろん俺も、目を丸くして驚くばかりだ。
殺気がなかったから、対応できなかったわけで。
周囲が呆然とする中、少女はたっぷり数秒間キスをしてから、俺から唇を離す。
そして半歩身を引くと、頬に両手を当て、身をくねくねとよじってこう言ってきた。
「自分、ずっと探してたっす♡ 本気になった自分を、力でねじ伏せてくれるオスを──さあおじさん、自分を食べてくださいっす♡ 自分をあなたの血肉にしてほしいっすよ♡」
「「「なっ、なっ……なにぃいいいいいっ!?」」」
うちの嫁たちの叫び。
それもやっぱり近所迷惑だったが、叫びたいのは俺も同じだった。
えぇっと……つまり、あれだ。
展開が速すぎて、ついていけていないのだが──
これは一体、どういうことかね?





