任務代行
次のアウローラの任務は、兵舎襲撃事件への対応だった。
俺はその任務を肩代わりして、アウローラを休ませることにした。
任務の地は、隣の都市だ。
そこに向かう前の、早朝。
アウローラの自宅の前で、聖騎士の少女が俺にぺこりと頭を下げてくる。
「ダグラスさん、もう、なんてお礼を言っていいか。本当に、本当にありがとうございますですわ」
「気にするなって。その代わり、ちゃんと休めよ。アウローラがこの国の人々のために必死に頑張って、それでアウローラ自身が不幸になっちまうのは、俺は嫌だからな」
「はい、分かりましたわ! 私、頑張って休みますの!」
ぐっと握りこぶしを作って純真無垢な瞳を向けてくるアウローラに、俺は苦笑しつつ、その頭をなでてやる。
アウローラは頬を赤く染めて、嬉しそうにした。
上目づかいで俺を見つめてくる聖騎士の少女の姿は、えらくかわいかった。
それから俺は、隣の都市まで向かう乗合馬車の停留所に向かうと、嫁たちと一緒に馬車に搭乗した。
定刻になると、カポカポと蹄の音を鳴らして馬車が出発していく。
馬車の中で嫁たちがわいわいと話し始める。
「それにしても、アウローラのあの性格は重症だね。『頑張って休みますの』だってさ。休むのを頑張る人とかいる?」
「困ったもんだにゃ。あれだとダグラスがいなくなったら、また無理をしそうにゃよ」
「そうですね……。ダグラス様、彼女のこと、どうにかならないでしょうか? 真面目で責任感が強いのはいいのですけど、あれだと彼女自身がまたいずれ壊れてしまいます」
俺はそれに対し、顎に手を当てて思案する。
「そうなんだよな。だがあの性格は筋金入りだろう。直せと言って直るもんでもねぇだろうし。俺たちにできるのはせいぜい、この聖王国が抱えている防衛戦力不足の原因のほうを潰すことぐらいかね」
「ん……? 原因っていうと?」
エレンが首を傾げる。
それにはセラフィーナが横から口を挟む。
「今回私たちが向かっている兵舎襲撃事件、それに大量虐殺事件──やっぱり例の人たちが絡んでいるんでしょうか、ダグラス様?」
「ああ、俺もその可能性は高いと踏んでいる。やつら──“竜神器十将”と、またやり合うことになるかもな」
アウローラの過労の原因になっている、この聖王国の防衛戦力不足。
その大きな原因は、ここ一ヶ月ほど頻発している殺人事件の数々であるという。
それらの事件に“竜神器十将”が関わっているのではないか──俺はそう睨んでいた。
古の時代より、人里から離れた場所で細々と生き延びてきた半竜半人姿の種族、竜人族。
その中でも“竜神器十将”と呼ばれる者たちは、その特殊な武器で多くの人間の命を奪うことにより、竜族の女王の復活を目論んでいるという。
その女王の名は、十の首を持つ竜王セフィロト。
古の時代に破壊の限りを尽くしたという、半ば伝説上の存在だ。
そんな途方もない怪物が復活するという話が、真実であれ眉唾であれ。
いずれにせよ確実に言えるのは、“竜神器十将”と呼ばれる者たちは、それを信じて世界各地でたくさんの人々を殺害して回っているということだ。
“竜神器十将”の一人、槍使いの少女マルクトから聞き出した話によれば、女王の生贄となる人間の命は多ければ多いほど良いが、一方で「強い人間」の命は一人分でも絶大な力になるのだという。
「でも確か、兵舎襲撃事件は、大量殺人じゃないって話にゃよね?」
ミィナが聞いてくるので、俺はうなずく。
それはこれから俺たちが対応に向かう事件の話だ。
「ああ。各都市にある兵士たちの駐屯地に一人の少女が現れて、その兵舎で一番強いやつと殺し合いをしたがるらしいな。すでに国内数ヶ所が襲撃を受けているらしいが、その娘は全戦全勝。──で、次に来ると予想されているのが、今俺たちが向かっている都市だ」
「強いやつと戦いたいって、バトルジャンキーだよね。ヤバいのが来そうだなぁ」
エレンがそんな感想を漏らす。
バトルジャンキーといえば、以前に闘技場で戦ったエレンの師匠、大剣使いのティフェレトを思い出す。
だが少女というからには、おそらく彼女ではないだろう。
また兵舎襲撃事件の犯人の獲物は、戦棍──身の丈ほどの長さの棒状の武器──だそうだ。
「さて、どんなやつが現れるのかね」
俺は馬車の窓から外の景色を眺めつつ、そうつぶやいていた。
***
馬車が目的の都市についたのは、その日の夕刻だった。
俺は馬車を降りると、嫁たちを連れ、その都市の防衛拠点である兵舎へと向かう。
だが兵舎の中に入ろうとすると、門番をしていた兵士に止められた。
「おい、何の用だ冒険者。ここは神聖なる聖騎士団の兵士用宿舎だ。お前らみたいな薄汚い連中が、みだりに入っていい場所じゃねぇんだよ」
薄汚い……また言われた。
まったくもってしょんぼりである。
俺はマルコから受け取った書状を、門番の男に見せる。
「聖騎士アウローラの代理で応援に来た。通してもらうぞ」
門番は俺から書状をひったくって確認すると、いぶかしむように俺を見てきた。
「マジかよ……? 応援はとんでもねぇ力を持った『聖剣使い』の聖騎士が来るって聞いてるぞ。冒険者のおっさん、あんたがその代わりになるってのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「ふぅん……。まあいい、この書状も本物みたいだしな。兵舎の隊長室に行って話を聞いてくれ」
「分かった。行くぞミィナ、エレン、セラフィーナ」
「「「はーい。お邪魔しまーす」」」
俺は門番から書状を返してもらってから、兵舎の門をくぐっていく。
そのあとを三人の嫁たちがぞろぞろと続いた。
後ろから門番の声が聞こえてくる。
「それにしても、なんだありゃ……。すっげぇ美少女ばっかじゃねぇか……。あのおっさんの連れかよ。いいなあ……」
連れというか、嫁である。
はっはっは、いいだろ。
さておき、隊長室である。
ノックをして中に入ると、待ち受けていたのはアウローラやマルコと同様の制服に身を包んだ男だった。
「冒険者……? いったい何用ですか」
「聖騎士アウローラの代理で来た。これはマルコからの紹介状だ」
俺は門番にしたのと同じようなやり取りを、その隊長とも行った。
隊長は書状を確認すると、やはりいぶかしむような目で俺を見てくる。
「一介の冒険者であるあなたが、聖剣使いの聖騎士アウローラと互角の実力を持っていると……? 聖騎士アウローラは、単独で百の兵にも匹敵する規格外の力を持っていると聞き及んでいますが」
「そのアウローラが高熱を出してトロールの群れに食われそうになっていたのを、俺が助けた。少なくともトロール三体を一人で屠れるだけの実力はあるぜ」
「トロール、三体を……!? 冒険者のあなたが、たった一人でですか……!?」
「ああ。何ならこの兵舎にいる兵士全員、まとめて相手にしてみせても構わないが?」
俺がそう凄んでみせると、隊長は首を横に振った。
「いえ、信じましょう、旅の冒険者ダグラス。あなたが首にしているその金の冒険者証も、あなたが真の実力者であることを証明している。無礼を許してほしい。……ですがなぜ、あなたがこの件に……? この国のために働く義理など、あなたにはないはずですが」
そう聞いてくるので、俺はかくかくしかじかと事情を説明した。
簡潔に説明すると、アウローラの身を案じてという話になる。
それを聞いた隊長は、驚きの表情を浮かべた。
「なんと……!? ではあなたは、旅のさなかに出会った一人の少女を救いたいという、たったそれだけのために自らの身を投げうって戦おうとしているのですか……!? 冒険者ダグラス、あなたはなんと高潔な人物なのか……!」
「い、いや、まあ……そうなるのか……?」
そこまで大げさなことをしているつもりはないんだが、なんだか感動されてしまった。
そういえば、この国で厚く信仰されている至高神ミリシアは、献身と正義を司っているんだったか。
俺の行動が、献身的で正義に満ちた態度だと受け取られたのかもしれない。
──まあ、それはともあれ。
俺たちは、この兵舎への一時滞在を許可された。
客人用の寝室を使ってくれと言われて、四人部屋を提供される。
これはミィナ、エレン、セラフィーナは俺の伴侶だから男女同室で構わないと言ったからだが、そのときは例によってびっくり仰天された。
その日の夕食は、兵舎の食堂でごちそうになった。
任務から帰ってきた二十人ほどの兵士たちと一緒にである。
今日の料理当番が数人いて、大人数のシチューを大鍋でまとめて作っていた。
それをミィナとエレンも手伝いに行って、料理当番の兵たちから歓声が上がっていた。
ちなみに、料理が苦手なセラフィーナは肩身が狭そうにしていた。
俺もさぼっているわけだし、気にすることもないと思うんだけどな。
兵舎に勤める兵士たちは、こんな国だから堅苦しいやつらばかりなのかと思っていたら意外とそうでもなく、気さくな者も多かった。
食事中、俺は兵士たちからトロールを倒したときの話や、ドラゴンを討伐したときの話などをせがまれた。
俺は吟遊詩人ではないので不器用にしか話せなかったが、それでも兵士たちは興味津々に聞いて、俺に尊敬のまなざしを向けていた。
うちの嫁たちも、当然のように兵士たちから大人気だった。
普段は女っ気がまったくないらしく、彼女らが場にいるだけで華やかになるとのこと。
だが最後には三人ともが、「ミィナはダグラスのものだからにゃ」「ボクはダグラスのものだからね」「私はダグラス様のものですから」「「「勘違いしないように」」」と釘を刺しつつ俺に抱きついてくると、兵士たちの俺を見る目がこの世のすべての怨嗟が煮込まれたようなものへと変わった。
俺はその夜、暗殺されないように気を付けなければならなかった──というのは冗談だが。
さておいて、本題がやってくる。
この兵舎への敵の襲撃は、おそらく今晩に行われる可能性が高いということだったが、その予測がドンピシャだった。
賑やかな夕食も終わり、そろそろ就寝の時間かという頃に、そいつはやってきた。
「こんばんはーっす。道場破りならぬ、兵舎破りっすー。この兵舎で一番強い人、出てきて自分と殺し合いをしてほしいっすよー。さもないとこの街の人間、無差別に殺しまくるっすよー?」
外から聞こえてきたのは、そんな無邪気そうな少女の声だった。





