お金がないのでクエストを探しに行こう
「……金がない」
「お金がないにゃね」
翌日。
俺とミィナは宿屋にて、それぞれの所持金を見せ合っていた。
どちらも金貨が少々と、銀貨と銅貨がいくらかずつ。
二人とも数日で干からびる所持金である。
俺たちがなぜ金欠状態なのかというと、昨日の遺跡探索では稼ぎがほぼゼロだったからだ。
あの遺跡探索で見つかったのは、聖斧ロンバルディアのほかには微々たる財宝だけ。
その微々たる財宝も、あの僧侶と魔法使いの懐の中だ。
今からあの遺跡の前まで、その微々たる財宝をあの二人の懐からかっぱらって来てもいいのだが、それもまたみみっちい。
「ま、あらためてクエストを受けて、稼ぐしかないだろ」
「そうにゃね。こうやって見つめていてもお金は増えないにゃ」
そんなわけで、俺とミィナは宿を出ると、仕事を探すために冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに到着すると、入り口すぐの場所にある掲示板の前に立って、クエストを物色する。
「俺が冒険者ランクEで、ミィナがFだから、受けられるのはクエストランクF+までになるのか。……Eランクのゴブリン退治すら受けられねぇってのは、かなり厳しいな」
俺はミィナの胸元に光る首掛けの冒険者証をちらりと見てから、掲示板のF+ランク以下のクエストを眺めていく。
薬草採取、荷物運びなどの雑用系がほとんどで、報酬額は当然ながらかなり安い。
これなら遺跡の前まで戻って「微々たる財宝」を取ってきた方が、まだ稼ぎになりそうだ。
クエストにはそれぞれランクが定められていて、高ランクのクエストは高ランクの冒険者パーティでなければ受けることができない。
そして当然ながら、高ランクのクエストのほうが報酬額も危険度も高い。
Eランクのゴブリン退治であれば報酬額の相場は金貨二十枚程度だが、Aランクのドラゴン退治であれば最低でも金貨数百枚はくだらないといった具合だ。
ちなみに金貨一枚というのは、贅沢をしなければ二日は安宿暮らしの生活ができる金額だ。
四人パーティでEランクのゴブリン退治のクエストをこなせば、一人あたま金貨五枚ほどの収入を得て、武具の修繕費その他の必要経費で多少削られると、贅沢をしなければ一週間ほどはそれでどうにか暮らせるという塩梅になる。
まあ「贅沢をしなければ」と言ってもなかなかそうはいかず、たいていの冒険者は飲んだり食ったり風俗に行ったりですぐに使ってしまって、また次のクエストを探さないといけなくなるわけだが。
ある冒険者パーティがどのランクのクエストを受けられるかは、パーティメンバーの人数と冒険者ランクによって決まってくる。
いろいろと細かな計算はあるのだが──Eランク冒険者の俺とFランク冒険者のミィナという二人パーティだと、Eランククエストのゴブリン退治すら受けることができない。
パーティ人数が増えるか冒険者ランクが上がるかしないと、それなりの報酬がある討伐系のクエストなどは受けられないということだ。
戦力的には、Bランクモンスターのキマイラを相手に楽勝できる今の俺なら、たいていの敵には一人で勝てると思うのだが──
実力があっても冒険者ギルドのシステム上の縛りで高ランクのクエストを受けることができないというのは、なんとももどかしい。
「どうするにゃ、ダグラス? ミィナは薬草採取とかでもいいにゃけど。それとも新しくパーティメンバーを探すにゃ?」
「うーん……。いや、それだったら──」
と、俺が一計を講じようとしたときだった。
「おーいダグラスぅ! ずいぶんと可愛い子を連れてんじゃねぇか! まぁた新人冒険者でも捕まえたのか?」
冒険者ギルドには酒場が併設されていて、朝っぱらから飲んだくれている冒険者の一団がいたのだが、そこから声がかけられた。
……というかあれは、朝っぱらからというより、朝までコースだな。
夜中に何軒回ったんだか知らないが、全員べろんべろんだ。
その酔っ払いどもは、さらに大声で俺に絡んでくる。
「この間若ぇのに振られたばっかりだってのに、懲りねぇなおめぇも!」
「どーせまたすぐに捨てられるんだ! だったら捨てられる前に食っちまえよ!」
「はははっ! バーカお前、ダグラスにそんなことができるわけねぇだろ。ダグラスだぞダグラス。真面目が服着て四十年も生きてるようなやつだ。天地がひっくり返ったって、そんなことはありえねぇよ」
「「「ぎゃはははっ! ちげぇねぇ!」」」
……はあ。
俺は大きくため息をついた。
ったくあいつら、言いたい放題言いやがって。
一方で俺の隣にいるミィナが、俺の服をくいくいと引っ張り、背伸びをして俺に耳打ちをしてくる。
「ダグラス、何なんにゃあの酔っ払いたちは」
「わりぃ、一応知り合いだ。普段はあそこまでひどくはねぇんだけどな。完全にできあがってやがる」
「そうなんにゃ? ……でもなんか、ダグラスをバカにされるのはムカつくにゃ。ねぇダグラス、あいつらのこと、ちょっとからかってもいいにゃ?」
「からかうって、何するつもりだよ」
「こうするにゃ」
言うとミィナは、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
獣人の少女の立派な胸の双丘が、俺の腕にふよんと押し付けられる。
「「「「なっ……!?」」」」
飲んだくれの一団から、驚きの声が上がった。
みんな目を丸くして、ぽかんと口を開いている。
もちろん、俺も驚いているわけだが……。
「お、おいミィナ、何を」
「ふふっ。ミィナに任せるにゃ」
ミィナはくすりと笑うと、俺の腕に抱きついたまましなだれかかるように寄りかかってきて、飲んだくれたちのほうに向かってこれ見よがしに言う。
「ダグラスぅ、あいつら知らないんにゃね? ダグラスがベッドの上では、あーんなにすごいってこと。ミィナはもう、ダグラスじゃないと満足できない体になっちゃったにゃ。……今夜もまた、ミィナを抱いてくれるにゃよね、ダグラス?」
「「「「な、な、な、なにぃいいいいいっ!?」」」」
酔っ払いたちが、席から立ち上がる。
だがぐでんぐでん酔っているところを急に立ち上がったものだから、うち一人が足をもつれさせて転んでしまった。
「にゃはははははっ! ざまあ~! ダグラスをバカにするからにゃ! ──さ、ダグラス、行こうにゃ」
「お前なぁ……」
俺は呆れた素振りをしてみせるのだが──
しかし一方で、俺の内心は大慌てだった。
何なんだ、今のミィナの行動は。
普通、ちょっと仲良くなった程度の男性冒険者を相手に、こんな大胆なことをするか?
単に無邪気なだけなんだろうか。
俺のことを人畜無害なばかりの優しいおっさん冒険者だと思っている?
そういえば、俺が頭をなでても、ミィナは嫌がらなかったな……。
「ん……? どうしたにゃ、ダグラス?」
「い、いや……」
こんなおっさん冒険者を相手に、まさかな。
よく見ると、ミィナの耳が真っ赤に染まっているような気もしたが、きっと気のせいだろう。
淡い期待を振り捨てて、俺は冒険者ギルドの窓口へと向かった。





