王都への道
弓使いの少女ビナーと別れてから、三日後の夕刻。
俺たちは、王都へと向かう街道を歩いていた。
ここまで森林王国ラクリースの領内を、王都に向かって旅をしてきた。
ビナーに言われた通りに、というわけでもなく、もともと王都には寄ろうと思っていたのだ。
だが、それはそれとして──
「ところでダグラス。ビナーのことはどうするつもりにゃ?」
夕焼け空の下、街道を歩く道すがらに、ミィナがそんなことを聞いてくる。
俺は少し困って、こう答えた。
「正直なところ、決めかねている。乗り気はしないんだが、ビナーが嘘をついているようにも思えないし。どうしたもんか」
ため息をつき、橙色に紺色が混ざった空を見上げる。
結論を先延ばしにしていたのだが、そのときまでにはどうするかを決めないといけない。
厄介な置き土産を受け取ってしまったものだ。
『十日後、王都の東にある廃墟で待っていますから、私を止めたかったら来てください。殺し合いましょう』
ビナーがそう言って、俺たちの前から姿を消したのが三日前。
あまりにも一方的すぎて、俺には何がなんやらちんぷんかんぷんというのが本当のところだ。
ビナーの言動の断片をつなぎ合わせれば、いくらかの想像はできる。
竜神器十将、私たちの女王、供物──
だが一方で、ビナーのことを打ち倒すべき敵だと考えるのは、どうにもピンとこない。
「でもさ、ビナーってサンタ服とか着せたら絶対かわいいよね」
「あ、それは私も思います。普段のほわほわしているときも、怜悧な様子を見せているときも、どちらでも似合うかと」
エレンとセラフィーナが、そんな緊張感のない感想を述べ合っている。
でも俺も、そっちの印象なんだよなぁ……。
あの娘と殺し合うとか、モチベーションが迷子すぎて困る。
そんな俺をよそに、嫁たちはなおも対策会議を進めていく。
「うーん……でも『私はこれからたくさんの人間を殺します』とか言われると、困っちゃうよね。とりあえず待ち合わせの場所に行って、説得? ……は無理っぽい気がするし、なんとか殺さないように倒して、無理やり言うことを聞かせてサンタ服を着せるとか」
「サンタ服を着せるのが目的になってるにゃね。でも無理やり言うことを聞かせるって、具体的にはどうするにゃ?」
「そうだなぁ……たとえば(ピーッ)と(ピーッ)で(ピーーッ)にした上で、太い(ピーーーッ)でトドメを刺してダグラスの虜にするとか……」
「……エレン、発想が常軌を逸していますよ」
セラフィーナが、頭が痛いというようにこめかみを押さえる。
エレンはたははと笑ってから、ぺろりと舌を出した。
だがエレンの常軌を逸した発言により、俺もまた、温泉宿でロンバルディアから聞かされたあるスキルのことを思い出していた。
いや、しかしなぁ……。
それもどうかと思うんだよな。
「でもビナーは、普通に倒すだけでも大変そうにゃよ。あの弓のとんでもない威力を見たにゃ?」
「うん、まともな威力じゃなかったよね。あれはもう攻城兵器のレベルだよ。それに本人の敏捷性も尋常じゃなかった。師匠ほどじゃないと思うけど……。いずれにせよ、並の人間が太刀打ちできるレベルじゃない──」
ミィナとエレンがそんな話をしつつ、俺のほうを見てくる。
俺はそんな二人の頭に手を置いて、その髪をくしゃくしゃとなでてやる。
「ま、そこはどうにかするさ。──いずれにせよ、ビナーとのデートの約束は、すっぽかすわけにはいかないってことだな」
頭をなでられてごろにゃんと寄り添ってくる二人を愛でたりしながら、俺はつつがなく旅路を進めていった。
そうして歩みを進めていくと、やがて夕日が沈みそうになる頃に、俺たちは一つの村の前にたどり着いた。
小規模の村だが、今日の寝床を確保するには具合が良さそうだ。
「よし。今日はこの村で一休みして、王都に行くのは明日にするか」
「ビナーとのデートの約束までは、まだ七日もあるにゃ。十分に間に合うにゃね」
「村に宿屋の一軒でもあればいいですけど……」
そんな話をしながら、俺たちは村の中へと踏み込んでいく。
だがそれからすぐに、俺たちは状況の異常さに気付かされることとなった。
「人が、いないにゃ……?」
あたりを見渡して、ミィナがつぶやく。
彼女の言うとおり、村に入ってから一人の村人にも出会っていなかった。
セラフィーナとエレンもまた、額に汗を浮かべて緊張の色を見せる。
「もうだいぶ暗くなるというのに、家の明かりも見当たりません」
「この辺りだけかもしれないけど……ははは、嫌な予感がするなぁ……」
そんな嫁たちのつぶやきを耳にしながら、俺は村の中を進んでいく。
進んでいっても、人っ子ひとり見当たらない。
家の明かりも、煙突から出る炊事の煙もなく、まるで廃村だ。
試しに何軒かの家を訪ねてみても、中には誰もいなかった。
だが畑に作物を育てている形跡は見られるし、家畜も見受けられる。
少なくとも、何ヶ月もずっと放置されているという様子には見えない。
と、そのとき──
「にゃっ……!? ──ダグラス、何か聞こえるにゃ」
ミィナがそう言って耳をすませる仕草をした。
猫耳がぴくぴくと動き、かすかな音を拾う様子を見せる。
「何かって、何が聞こえる?」
「にゃーっと、これは……鬨の声にゃ……? あと、金属がこすれる音……悲鳴……多分、戦いの音にゃ! それもたくさんの人数──何十人とか、百人以上とかにゃ」
「戦いの音? 誰と誰が戦ってるんだろ。村人?」
「分からないにゃ。でも鎧を着ているのがたくさんいる感じにゃ」
「キナ臭いですね。……どうしますか、ダグラス様?」
セラフィーナが聞いてくる。
さて、どうしたものか。
厄介ごとには関わらないほうが無難ではあるが、どうも気持ちがざわつく。
「そうだな、ひとまず状況だけは確認しにいくか。危険が予想されるから、【守護乙女の祝福】は使っておくぞ」
俺がスキルを発動させると、ミィナ、エレン、セラフィーナの三人が俺に口づけをしてくる。
嫁たちの姿が光に包まれ、神々しい装いへと変身した。
それから俺たちは、ミィナの案内で戦いの音がする方角へと走っていく。
村をまっすぐに突っ切り、その先の王都へと向かう街道に出た頃に、問題の光景が見えてきた。
そこでは二つの軍勢がぶつかっていた。
片や完全武装した騎士や兵士たち。
その数は五十を超え、百を少し下回るぐらいだ。
軍勢の指揮を執っているのは、まだ年若い女騎士のように見える。
対する軍団は、見たところアンデッドモンスターの軍勢のようだ。
数は兵士たちと同じか、それよりもやや少ないぐらい。
ゾンビというには肌の肉が新鮮に見えるが、その色は紫にも近い青白さで、鋭い爪と牙を生やしていた。
「あれは、グール……!」
「ゾンビやスケルトンとは格の違う、中級クラスの強さを持ったアンデッドモンスターです! 並の兵士たちでは、あの数は──ダグラス様……!」
エレンとセラフィーナ、それにミィナも、俺に何かを訴えるような目を向けてくる。
俺は三人に向かってうなずいた。
「ああ。状況は分からないが、ひとまず騎士たちのほうに加勢するぞ」
「「「はいっ!」」」
少女たちは元気よく返事をする。
それから俺たちは、現場へと向かって駆けていった。





