仲間
俺が、拘束された少女と暴行する二人の男のほうへと近付いていくと、そんな俺に真っ先に気付いた素振りを見せたのは、被害者の少女だった。
獣人の少女ミィナは俺の姿を見て、目を丸くする。
男たちはミィナのほうを向いていて、俺には背を向けていたので、気付いたのはミィナの視線を追って後ろへと振り向いたときだった。
「ん……なんです? ──うごぉっ!」
「は……? だ、ダグラス! お前生きて──ぐほっ!」
俺は素早く駆け寄っていって、二人の男をぶん殴った。
顔面を殴りつけられた僧侶は、吹き飛んで地面に倒れる。
歯が数本折れて飛び、鼻血が派手に出た。
腹を殴りつけられた魔法使いは、腹を抱えてうずくまり、芋虫のように地面に転がった。
ゲホゲホとせき込むと、こちらは盛大に吐血する。
この一撃で、どちらもほぼ再起不能なダメージだろう。
俺は僧侶の髪を引っつかんで、吊るし上げる。
「よう、さっきぶりだな。相変わらずハッピーそうで何よりだ」
「な……なんで……あなだは、死んだはずじゃ……」
「残念だったな。俺も意外としぶとくできているみたいでね」
「ず、ずびばぜんでじだ……ゆ、ゆるじでぐだざい……」
「俺への仕打ちだけだったら、今の一撃だけで許してやったんだけどな。……テメェら、ミィナに何をやろうとしてた」
「へ、へへ……だ、ダグラスざんも、一緒に楽じみまぜんか……ごんなメス猫でも、結構いい体じて──うげほっ! おげぇっ……!」
「……本当、どこまでもゲスにできてんなぁお前ら。どこの神に仕えたらそうなるんだよ。邪神か?」
鎖かたびらの上から拳を二発叩き込んでやると、神官は白目をむいて意識を失った。
闘気を乗せた拳の威力は、鎖帷子ぐらいじゃ防ぎきれない。
ついでに魔法使いにも、追加で二発ほど蹴りをぶち込んでやると、そちらもぐったりと力尽きたように動かなくなった。
それから俺は、魔法使いが持っていた短剣を拾い、それで獣人の少女を拘束しているロープと猿轡を解いてやる。
するとミィナは、泣きながら俺に抱きついてきた。
「──ダグラスぅっ! ごめんにゃさい! 生きててよかったぁあああ! あとありがとおっ! もうこいつら嫌にゃ! 何なんにゃこいつら! ダグラスがいなかったら、人間みんな嫌いになるところだったにゃああああっ!」
「おう、つらかったな。人間を代表して謝るつもりもねぇが……でもまあ、すまない。怖い想いをしたよな」
俺は獣人の少女を軽く抱き寄せて、優しく頭をなでてやる。
「ぐすっ……ダ、ダグラスは悪くないにゃ。謝らないでほしいにゃ。謝るのはミィナのほうにゃ。ダグラスを見捨てて……本当にごめんにゃさい……ぐすっ」
「それこそミィナが謝る必要もねぇだろ。全部こいつらが悪い。ミィナはできる限りのことをした。そうだろ?」
「ぐすっ……う、うん。……ミィナには、ダグラスを見捨てるつもりはなかったにゃ……ぐすっ」
「分かってる。分かってるよ」
俺はこの猫耳族の少女が落ち着くまで、腕の中に抱いて頭をなでてやった。
嫌がるようなら放そうと思っていたが、ミィナがそんな素振りを見せなかったので、しばらくの間そうしていた。
やがてミィナが「もう大丈夫」と言うので解放すると、猫耳族の少女はぴょこ、ぴょこと二歩だけ俺から離れて、にっこりと笑顔を向けてくる。
「もう一度。ありがとうにゃ、ダグラス。……でも、こいつらどうするにゃ?」
倒れている二人の男を見て、そう聞いてくる。
「こんなやつらは息の根を止めてやった方が世のため人のためって気もするが、それでも殺すのは少し寝覚めが悪いな。それも戦いの弾みならともかく、無力化したやつをどうこうするってのはな」
「じゃあ適当にふん縛って、そのままここに転がしておくにゃ? そのうち野生動物にでも食われるにゃ」
「そんなところか。ま、運が良ければ、俺みたいに生き延びられるかもな」
というわけで、男たちはロープで縛って地面に転がしておいた。
それから俺は、ミィナとともに街へと帰還の途についた。
***
「「かんぱーい!」」
俺とミィナは、酒の入ったジョッキを打ち合わせる。
街に戻ってきて、大衆酒場だ。
カウンター席に隣り合って座った俺とミィナは、頼んだ酒をともにごくごくと飲んで、ぷはっと息を吐いた。
「ふにゃああ……それにしても、今日は疲れたにゃあ……なんかもう色々ありすぎて、何がなんだか」
ミィナはぐってりと、カウンターにもたれかかる。
リラックスした仕草は、俺に気を許してくれている証拠だろう。
俺は少し迷いつつも、その少女の頭に手を伸ばし、髪を優しくなでる。
拒絶はなく、ミィナは「にゅふ~」と言って幸せそうに目を細め、猫耳をぴくぴくさせた。
そんな獣人の少女を見て、俺は微笑ましい気持ちになる。
「お疲れさん、ミィナ。今日はとんだ災難だったな」
「まったくにゃよ。ダグラスがいなかったら、今頃ミィナはどんな目に遭っていたことか。本当にありがとうにゃ、ダグラス。どれだけ感謝してもしきれないにゃ」
「なに、気にしなくていいさ。大事がなくて何よりだ」
「ダグラスは優しいにゃ。ぽかぽかのお日様みたいにゃ」
そう言ってミィナは、俺ににっこりと笑顔を向けてくる。
めちゃくちゃかわいい。
こんな少女が隣にいてくれるだけで、とても幸せな気分になれるのだから、男ってやつは単純だ。
それからミィナは、身を起こして俺に聞いてくる。
「ていうかダグラス、よく生きてたにゃね。あの魔獣──キマイラっていったっけにゃ。あいつからうまく逃げられたにゃ?」
「ま、その辺は、いろいろとあったんだよ──」
俺はミィナと引き離されたあとにあった出来事を、猫耳族の少女に向けて語っていった。
キマイラから逃げ惑っていたら落とし穴に落ちたこと、その先で聖斧ロンバルディアと出会ったこと、自分でも信じられないほどの力を手に入れたこと、キマイラを一人で倒したこと。
ミィナはそれを聞いて、目をまん丸にしていた。
「それ……全部本当の話にゃ? あの魔獣を、一人で倒したにゃ?」
「信じられないか? ま、無理もないな。俺も同じ話を人から聞いたら、信じないだろうし」
「……うん、ごめんにゃさい。でもダグラスは多分、そういうウソをつかない人にゃ。だからきっと、本当なんにゃ。──そこにあるのが、その見つけたっていう魔法の斧にゃ?」
ミィナがぴょこっと、俺のすぐ横に立てかけてある聖斧ロンバルディアを覗き込んだ。
俺はそれを手に取って、ミィナに渡してやる。
「ああ。こう見えて、全裸の女子に化ける──っていうと、もっと信じられなくなるか?」
「は……? この斧が、裸の女の子になるにゃ? さ、さすがに言っている意味が分からないにゃ……」
「あー、やっぱそうだよな」
まずい、このままでは俺が妄想癖のあるヤバい人間だと思われてしまう。
今度ミィナには、ほかに人のいないところで、化身になったロンバルディアを見てもらったほうがいいな。
と、思っていたのだが──
『なんじゃこの娘。我が化身の姿になれるのを、信じられんというか。それなら実際に見せるのが早かろう』
「えっ……? ちょっ、待てお前、何を──!?」
──ピカァアアアアッ!
俺が止める間もなく、ロンバルディアがその姿を変え、化身の姿となってしまった。
すなわち、褐色肌の小柄な全裸少女の姿である。
「「「えっ……?」」」
酒場中の視線が、俺たちのほうに注目した。
厳密には、俺のすぐ横にいるロンバルディアにだが。
「裸の、女の子……!? あの隣のおっさんの連れ子か? めちゃくちゃ可愛いぞ」
「いやでも、なんで服を着てないんだ? あのおっさんの奴隷か?」
「ていうか、いつからいたよあの子。なんか今、光ったよな……?」
ざわ……ざわ……。
酒場の人々が、にわかにざわつき始める。
一方でミィナはというと、目をぱちくりとしばたかせ、声も出ないという様子だった。
「お、おいロンバルディア、ちょっと来い!」
「おおっ……!? なんじゃわが主よ、そんな強引に。この姿の我と一発やりたいなら、いつでも構わんもががっ……!」
「うるせぇ! 黙ってついて来い!」
俺は少女姿になったロンバルディアの手を引き、口をふさいで慌てて酒場の外に出た。
そして路地裏に入り込み、ロンバルディアを壁際に押し付けると、ほかに人目がないことを確認する。
一方のロンバルディアはくねくねと身をよじらせ、恥ずかしそうにしていた。
「もう、なんじゃわが主よ。この姿の我とまぐわいたいなら、早よそうと言わんか。我は一向に構わんぞ♪」
「ち、が、う! 人前で化けるんじゃねぇよ、俺がヤバいやつに見られるだろうが!」
「なんじゃ、人目を気にしておるのか? 小っちゃいのぅ。我を手にしたおぬしは、これから天下無双の英雄となるのじゃぞ? もっと堂々としておればよいものを」
「堂々と全裸の美少女を連れ歩けるか!」
「もう~、美少女とか、本当のことを言うて♡ わが主は意外と口がうまいのぅ」
「あー……。もういいからお前、斧の姿に戻れ。俺が化けろと言ったとき以外は、その姿になるな」
「なんじゃ、いよいよ一丁前のご主人様ぶりじゃな。くくくっ、まあよかろう。おぬしがわが主──ご主人様であることには相違ない。では、我にメイド服を着てご奉仕してほしければいつでも言うのじゃぞ、ご主人様♡」
そう言ってロンバルディアは、斧の姿へと戻った。
はあ……まったく、冷や汗をかいた。
俺は斧の姿になったロンバルディアを手に、路地裏を出る。
すると酒場の前に、きょろきょろとあたりを見回すミィナの姿があった。
ミィナは俺を発見すると、パタパタと駆け寄ってくる。
「だ、ダグラス……さっきの子が、その斧にゃ……?」
「ああ、そういうことだ。見てたか?」
「見てたにゃ……。ダグラスの話、全部信じる気になったにゃ……」
「そりゃあよかった」
──と、そんなことがありながらも、俺はミィナと酒場でのひと時を楽しんだ。
久々に心からの仲間とともに飲んだ酒は、とてもうまかった。





