大会の終わり
俺が降参を宣言したりで、何やかんやもあったこの闘技大会。
しかし結局のところ、優勝者は俺ということになりそうだった。
ティフェレトはさっさと立ち去っていなくなってしまったし、大会側もそれなりの形をなんとか作らなければならないと考えると、まあ落としどころとしてはそうなるだろう。
だが運営側の話し合いはまだ続いており、結論が出るのはもう少し先になりそうだ。
俺は一度、三人の嫁たちがいる観客席に戻ろうかと思ったのだが──
それよりも早く、嫁たちのほうが観客席から飛び降り、俺のほうに駆け寄ってきた。
そして人目も憚らず、三人は俺に抱き着いてきた。
「ダグラス~! よかったにゃ~! 心配したにゃよ~!」
「本当だよもう! ボクもう師匠嫌い! 絶交する! 二度と口聞いてやらないんだから!」
「ダグラス様! ダグラス様! ダグラス様っ……! 私、怖かったです……! ダグラス様に何かあったらって思って……!」
俺の体は嫁たちより大きいとはいえ、三人いっぺんに抱き着いてこられるとさすがにスペースいっぱいだ。
俺は腕を広げ、三人をまとめて抱え込む。
「悪い。三人とも、心配かけたな。俺もこんな感じになるとは思ってなかった──いや、そうでもないか。……見境いがなくなっていたのは、ティフェレトだけじゃなかったのかもしれないな」
俺は三人の頭を、一人ずつなでていく。
こうして嫁たちのぬくもりに触れてみれば、どうして死にそうな思いをしてまで戦っていたのかすら分からなくなってくる。
当初はちょっとした腕試しと賞金稼ぎぐらいのつもりで参加した闘技大会だったが、とんだ大事になったものだ。
「しかし、竜神器十将か……」
俺は可愛い嫁たちに張り付かれたまま、夕焼け空を見上げ、ぽつりとつぶやく。
ティフェレトが口にした、竜神器十将という言葉。
十将というからには、十人いると考えるのが普通だろう。
ティフェレトのようなおそろしく強いやつが、この世の中には少なくとも十人はいるということだ。
まあ世界は広いのだから、そのぐらいは存在してもおかしくはない気もしてはいたが、実際に現物と戦ってみると実感が違う。
──そうだ、世界は広い。
俺が知らないことも、この世の中にはまだまだたくさんあるのだろう。
それにティフェレトに事実上敗北したのも、悔しくないと言えば嘘になる。
向こうさんは「次に会ったときには必ず殺し合う」などと物騒なことを言っていたが、俺としては、次に会ったときにはあの生意気な女剣士を力でねじ伏せてやりたい。
我ながら少し暴力的な発想になっているようにも思うが、あの度が過ぎた戦闘狂の女剣士相手には、そのぐらいに思っておいてちょうどいいような気もする。
いずれにせよ──
「もっと強くならねぇとな。──なぁロンバルディア、俺たちはどうしたら、もっと強くなれる?」
俺がそう聞くと、ロンバルディアは『くふふっ』と、笑いを押し殺したような思念を送ってきた。
「……なんだよ、その意味深な笑いは」
『いやな、我は嬉しいのじゃ。ついにおぬしが、我を真の相棒と認めてくれたように思えてな』
「……なんだそりゃ? 今までだって俺は──」
お前を相棒だと思っていた、と言おうとしたが、ロンバルディアが送ってくる思念が妙に嬉しそうだったので、口をへの字に曲げつつも先を聞くことにした。
ロンバルディアはこう伝えてくる。
『気付いておらんのか? おぬしは今、我とおぬしの力を一体のものとして「俺たち」と呼んだのじゃぞ? これまでおぬしは我のことを、どこか自分とは切り離された道具としか思っておらなんだ。しかし今は、我をおぬしと渾然一体の運命共同体として認識しておる──違うか?』
「……なるほどな」
言われてみれば、という感じだ。
これまでの俺は、この恐るべき力を持った相棒を、どこか持て余している部分があったのかもしれない。
だが今は、俺自身を構成する一部として、しっくりきている気がする。
それはギルラムに説教されたこともあるし、ほかの要因もあるのだろう。
そしてロンバルディアは続ける。
『で、我らが強くなる方法じゃったか──それはこれまで通りのことを、これまで通りに続けることじゃとしか言いようがないの』
「やっぱそれしかないのか」
『うむ。我はおぬしとともに強敵と戦い、その経験を通じておぬしの肉体や精神と結びつきを強めることで、おぬしにより多くの力を与えることができるようになる。──ま、ようは地道な経験の積み重ねが大事だということじゃ。幸い、おぬしは何かを地道にやるのは得意じゃろ?』
「まあな。──けどあれか。肉体や精神の結びつきがどうのって話なら、俺がロンバルディアと物理的に繋がるのもプラスになるかもしれねぇな。ほら、レッドドラゴンを倒した後、スキルを一気に四つも獲得したろ?」
『んむ? 物理的に繋がるとは……?』
ロンバルディアから、きょとんとしたような思念が伝わってくる。
だがすぐに、何かに思い至った様子で取り乱した。
『──って、何を言っておるんじゃおぬしは! あれはただ単に強敵と戦ったからで、あのまぐわいの影響とは……いや、それで結びつきが強固になることも、ありえないとも言い切れんが……。──というかおぬし、最近モテとると思って調子に乗っとらんか!? 最初の頃のおぬしは、もっとこうウブで可愛げがあったぞ! こんな風に我を手玉に取る感じではなかったではないか!』
「ははははっ。調子に乗ってるってのは否定できねぇな。俺みたいなおっさん冒険者も、これだけ散々おだてられれば木にも登るわ」
可愛い嫁たちからは山ほどの愛を伝えられ、人々からは称賛と羨望の眼差しを向けられ続ける日々である。
そんなもの、俺のような並の人間に調子に乗るなというほうが無理がある。
『むーっ、おぬしの嫁たちが、おぬしにぞっこんすぎるからのぅ……』
「ロンバルディア、そう言うお前は?」
『むぐぐっ……! だからっ、おぬしの内にある心根が気に入らねば、我の全部をおぬしに捧げたりはせんと言うておろう! 何度言わせるんじゃ!』
──と、ロンバルディアとそんな楽しいやり取りをしていると、ようやく大会の運営側の話がついたようだ。
予想していた通り、大会の優勝者は俺に決まった。
俺は偉そうな小太りの商人から表彰され、優勝賞金の金貨千枚を受け取り、何千人もいる大観衆からの拍手と喝采の声を浴びた。
さらに賭けの結果も、ミィナが俺に言われた通りに全額を俺の勝ちに突っ込み続けた結果、最終的な配当総額は金貨二千枚を超える額となった。
さりげなく大儲けである。
その後俺は、闘技大会主催者のお偉方の商人たちから、この商業都市ベルフォードの防衛隊長を勤めてくれないかと勧誘された。
その際、一般の勤め人ではあり得ないぐらいの高額給与を約束されたが、俺はこれを謹んで辞退した。
少し前の俺ならばここを余生の場とするのも悪くないと思ったかもしれないが、今の俺には、その提案はあまり魅力的なものではなくなっていた。
そうして諸々の後始末が終わった後、俺が嫁たちとともに闘技場をあとにしようとすると、後ろから狼牙族の拳闘士ギルラムに声をかけられた。
「よう、ダグラスの旦那。決勝戦はとんでもねぇ戦いになったな。世の中にはおっかねぇ女がいるもんだ。──で、旦那はこれからどうするんだ? この街にとどまるつもりはねぇんだろ」
「ああ。一休みしたらこの街を出て、よその国を巡ってみようと思っている。世界を見てみたいと思ってな」
「へぇ、いいねぇ。いずれまた会うことがあったら、土産話でも聞かせてくれよ。世界中の強ぇやつの話とかな」
「分かった。話術に自信はないが、考えておこう」
俺はギルラムとがっちり握手をすると、互いに軽くハグをして別れた。
俺は嫁たちのもとに、ギルラムは仲間の冒険者たちのもとに。
帰り際にオーレリアと出会うことはなかったが、彼女が利用している宿は知っているし、この街を去るまでの間には、また会うこともできるだろう。
俺は嫁たちとともに、宿に帰還する。
さて、今日もひと仕事した後のうまい飯と酒と風呂、そしてお楽しみの時間を堪能することにしよう。





