決勝戦(1)
闘技大会、決勝戦。
夕刻に差し掛かり、そろそろ空が赤らんできたという頃。
俺は闘技場のグラウンドで、長い黒髪の女剣士と対峙していた。
エレンの師匠にして、漆黒の大剣使いティフェレト。
年齢不詳の美女は、へらへらとした笑みを浮かべてそこに立っていた。
女性にしては背丈があるが、それでも俺と比べればだいぶ小柄だ。
だというのに、その全身から発する威圧感は、どんな巨獣をも凌ぐと思えるほど強大。
その謎多き女剣士が、俺に向かって口を開く。
「やあ斧使い、準決勝見てたよ。仲良しこよし、お涙頂戴のいいお話だったじゃないか。あまりに感動して、あたしゃ反吐が出そうだったよ」
「……ずいぶんな言い草だな。過去に何か、嫌な思い出でもあるのか」
「いんや。たださぁ……あんたみたいな良い子ちゃんがあれだけ『強い』ってことが、あたしゃ気に入らないんだよね。戦いの技ってのは、殺しの業だろ? 互いの健闘を称え合うなんてのは子供の戯言じゃなきゃいけない。だっていうのに、あんたみたいなのがいる。それが気に入らない。だから──めちゃくちゃになるまで壊して、否定してやりたくなるってもんさ」
漆黒の大剣を肩に担いだ女剣士は、にぃと笑う。
牙を剥いた野獣のような笑みだが、ギルラムのそれとは違う、毒蛇のごとき気配。
俺は一つ息を吐いて、言葉を返す。
「価値観の違いだな。武力が敵を殺す力であることは否定しないが、同時に自分にとって大切な何かを守るための力でもある」
「守りたい大切な何かなんて、一時の気の迷いさ。この世のすべては自然の営みだよ。それに逆らって何になる。守りたきゃあ守ってもいいが、無駄なことさ」
「それが自らの手で長年かけて育てた、我が子同然の弟子であっても──か?」
紡がれた俺の言葉に、ティフェレトは眉をひそめた。
そして女剣士の目は、観客席──俺の嫁たちがいる席のほうへと向く。
「エレンか……久しぶりに顔を見たよ。あんたあの子に惚れられてんのかい?」
「大変ありがたいことに、そうらしい。あと俺もエレンのことは可愛くてしょうがない」
「ほかにも可愛らしい娘が二人いるね。毎晩とっかえひっかえ交尾でもしてるってわけかい」
「……だいたい合ってるな」
「ははっ、いいねぇ。それでこそ命の営みだよ。──で、何だっけ? ああ、そうだそうだ。それが長年育てた弟子だとしても、だったね。答えはイエスさ。あのバカ弟子がどこでおっ死のうが構いやしない。たまたま気が向いたから育てただけだしね」
「ま、そりゃあそうか。でなければ手放さないからな」
会話の時間は終わりだ。
俺はロンバルディアを構え、ティフェレトは漆黒の大剣を構える。
「あんたの首は硬くて落とせなさそうだ。審判は騙されてくれるかもしれないが、それじゃあたしが勝った気がしない。だったら、削るしかないね」
「お前さんの戦いの様子は見ていたが、速さはあってもギルラムほど丁寧な戦い方じゃないな。付け入る隙はあると見える」
「あんたにやれるのかい、斧使い」
「やってみれば分かるさ、大剣使い」
そこで審判による試合開始の声が上がり、銅鑼が鳴った。
試合開始直後、ティフェレトはこちらに向かってまっすぐに疾駆してくる。
俺もまた、相手に向かって駆けた。
「──はぁあああああっ!」
「──うぉおおおおおおっ!」
──ガゴォオオオオオオンッ!
俺のロンバルディアと刃とティフェレトの大剣の刃が打ち合わされ、激しい衝突音の波動が周囲を薙ぐ。
衝突の結果は──
「ぐっ……! バカ力が……!」
バランスが崩れたのはティフェレトのほう。
だが、俺がそこに追撃の斧を振るっても、すんでのところでバックステップでかわされた。
いや、わずかにかすったようだ。
ティフェレトの衣服を引き裂いて、その肩から斜め下に、浅い裂傷が走った。
なおロンバルディアの【手加減】は発動していない。
なんとなくの直観だが、ティフェレトは本来のロンバルディアの刃を受けたとて、一撃でどうこうなるような相手ではないと感じたからだ。
俺は慎重に斧を構えながら、対戦相手に声をかける。
「斧使い相手に真っ向パワー勝負とは、ずいぶんと気前がいいことだな」
「チッ……まああたしにも、大剣使いの矜持ってものがあるんでね。けどさすがに分が悪いみたいだ。ここからはあんたの苦手分野で攻めさせてもらうよ」
「矜持の代償が、その裂傷か。お前さんも大概、武人らし──なっ……!?」
そこで俺は、驚きに目を見開いた。
ティフェレトが負った浅い裂傷が、みるみるうちに治癒していったのだ。
黒髪の女剣士は、口元をニヤリと吊り上げる。
「どうした、驚いた顔をして? 自己再生能力が自分の専売特許だとでも思っていたかい」
「……マジかよ」
ありえない。
達人だからといって、魔法的な力の一切も働かずに肉体が急速に自然治癒するなど、聞いたことがない。
そんな俺の疑問に答えるように、ティフェレトが再び口を開く。
「そういやあ自己紹介がまだだったね。あたしは竜神器十将が一人、大剣使いのティフェレト。覚えてくれなくてもいいがね」
「竜神器十将……? 初めて耳にするな」
「なに、ちょっとした老人会さ。ただ古巣以外で神器使いに会ったのは、あたしも初めてなんだよねぇ。ていうかその斧、神器なんだよね? あんたみたいな良い子ちゃんが神器に選ばれたってのは気に入らないけど、そうとしか考えられないし」
「…………」
「神器」という言葉も初めて聞く。
おそらくは神々に作られた武器か何かのことを指すのだろうが……。
「ロンバルディア、竜神器十将だの神器だのについて、何か知っているか?」
『むーっ、すまぬ、わが主よ。我が与えられた知識の中には、それらしいものはない。しかし合点がいった。先ほどあの大剣とぶつかったとき、妙な感じはしたんじゃ。あの大剣も我ほどかは知らぬが、力を持った武器の一つじゃな』
なるほどな。
まさしくティフェレトの言うとおり、俺だけの専売特許じゃないってことか。
それじゃあ、俺もあらためて──
「俺はダグラス、一介のおっさん冒険者だ。この斧は聖斧ロンバルディア。神々が作った武器らしい」
「ふぅん、やっぱりそうかい。まあいいや。じゃあお互いに自己紹介も終わったところで、もう一度──熱くやり合おうか!」
「──望むところだ」
ティフェレトは再び地面を蹴り、漆黒の大剣で切りかかってくる。
俺はどっしりとロンバルディアを構え、迎撃の姿勢をとった。





