準決勝(1)
その後の闘技大会は、順調に進んでいった。
俺の二回戦、三回戦の対戦相手は、それぞれ弓使いと、重装甲の騎士だった。
弓使いは、矢が当たるも構わず突進してロンバルディアの一撃で吹っ飛ばした。
重装甲の騎士は、一撃目で盾を叩き壊し、二撃目三撃目で甲冑の上からロンバルディアでぶん殴って降参をもぎ取った。
俺以外の強者──ギルラム、オーレリア、エレンの師匠ティフェレトの三人も、順調に勝利して駒を進めていった。
そして、来たる第四試合は準決勝──その直前。
俺は控え室で一人、一心不乱に聖斧ロンバルディアを振るっていた。
全身の筋肉は熱くなり、湯気を発している。
心も体も、今は冷やしたくはない。
ティフェレトの戦いを見たあの後には、嫁たちのいる観客席には戻っていない。
あいつらのいる場所は、俺が最後に帰還して安心する場所だ。
今はそのときではない。
そうして俺が斧を振るっていると、やがて控え室の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「よう、おっさん。精が出るじゃねぇか」
「……ギルラムか」
次の対戦相手、Aランク冒険者にして、狼牙族のモンク。
俺はその姿を一瞥すると、再び斧を振る動作に戻り、その運動を続けながら言葉だけを向ける。
「ギルラム、お前には先に言っておく。悪いが次の試合、俺が勝つ。お前に負けるつもりは毛頭ない」
「ほう……? 大会前に入り口で会ったときとは、別人のように見えるぜあんた。あのときも面白れぇやつだとは思ったが、今は雰囲気がまた違う」
「だろうな。──だがギルラム、お前は俺に負けても恥じる必要はない。俺のこの力は、俺自身の力じゃない。神々が作ったこの斧──聖斧ロンバルディアの力だ」
「ああ……? どういう意味だよそりゃあ」
ギルラムの怪訝そうな声に、俺は斧を振るのをやめる。
タオルを手に取って顔の汗を拭き、答える。
「俺がお前に勝つのは、反則的なまでの武器から力を与えられているからだ、と言っている。俺自身の本当の実力じゃない。だからお前は、そんなものに負けたところで恥じる必要はないと言っているんだ」
俺はそう言って、ギルラムのほうへと視線を向けた。
だが──
そのとき見たギルラムの顔は、俺が予想していなかったものだった。
ギルラムは、それまでになかった怒りのような表情を、俺に向けていたのだ。
「……おい、おっさん。それ本気で言ってんのか?」
「ああ。本気も何もない、真実だ。俺のこの力は俺自身の力じゃない。俺にとっては借り物で、偽物の──」
「──そうじゃねぇだろ!」
ギルラムが吠えた。
目の前の狼牙族の男は、本気で怒っているように見えた。
だが次にギルラムは、己を落ち着かせるように一度首を横に振る。
そして一つ息を吐き、口を開く。
「……あのな、おっさん。あんたが今手にしているそれが、神々が作った斧だって話、そいつが本当かどうかは知らねぇよ。それにそんなことはどうだっていい」
「…………」
俺は水注しからコップに水を入れて、それを胃に流し込む。
ギルラムは、そんな俺に構わず言葉を続けた。
「俺が気に入らねぇのは、あんたが自分の力を卑下しているってことだ。──じゃあ聞くがよ、あんたが考える『誇っていい力』ってのは何だ? 努力によって得た力か? 一の訓練をするのにも歯を食いしばらなきゃいけないやつもいれば、十の訓練を積むのが楽しくてしょうがないやつもいる。生まれつきの才能はどうだ? 俺は俺と同じぐらい訓練を積んでも、俺みたいには強くなれなかったやつを山ほど見てきた。俺のこの天性の才能は、反則じゃねぇのか?」
「…………」
「今そうやって、俺の目の前で一心不乱に斧を振っていたあんたは何なんだよ。あんたが言う反則的な力ってやつを手に入れちまったら、あんたのそれも全部、偽物に成り下がるのか? ──俺たちの力の源泉が何だろうが、そんなことは何一つ関係ねぇ。俺にもあんたにも運はあるし、積み重ねてきたものだってある。その全部の結果が、今の俺とあんたなんじゃねぇのか?」
「…………」
「人より恵まれたって思うんなら、恵まれたことを天の神様にでも感謝すりゃいいさ。それだけじゃ足りねぇと思うなら、世のため人のために慈善事業でもすりゃあいい。──だが卑下したり、後ろめたさを感じたり、そんなことに何の意味がある。それで俺たちより恵まれなかった誰かに、幸福のお裾分けでもされるのか? んなこたねぇだろうがよ」
「…………」
「──誇れよ! テメェがもし俺より強ぇんだったら、その強さを卑下しやがることが俺は一番気に入らねぇ! 誇れねぇんなら、そんな斧は捨てちまえ! あんたにそれができるか!? できねぇなら誇りやがれ! それがあんたに負ける相手への、せめてもの礼儀だろうが!」
「…………」
……まいったな。
まさかこの歳になって、若いもんから説教されるとは思わなかった。
しかも、わりとぐうの音も出ない。
力を持った者としての人生経験は、俺の目の前にいるこの狼牙族の男のほうが先輩だったということか。
完敗だ。
俺は諸手をあげて降参した。
「おっしゃる通りだ、先輩。俺が間違っていた」
「先輩……? 何だよそりゃあ」
「いや、こっちの話だ。──じゃあ自分の力を誇ったうえで、もう一度言わせてもらおう。俺は次の試合、お前さんに負けるつもりは毛頭ない。勝たせてもらう」
「ハッ、上等だ。強者はそうでなきゃいけねぇ。──その自信がへし折れて、吠え面をかくのを楽しみにしてるぜ」
ギルラムは牙のような犬歯をむき出しにして、ニヤリと笑った。
──その後、俺とギルラムは係員に呼ばれ、戦いの場に赴くことになる。
観客の前に出る直前の廊下で、俺はギルラムと互いの拳を合わせ、それを離すと敵同士となった。





