温泉地へと向かいます
ワイバーン討伐を終えて村を出た俺たちは、翌朝に街に戻ってきて、冒険者ギルドで討伐報酬を受け取った。
その日はいかがわしい宿で嫁たちと楽しんで、翌日にはこの地方都市から二日ほどの場所にある温泉地に向かおうという話になった。
また、その先にある大規模な商業都市では、もうすぐ全国から猛者が集まる闘技大会が開かれる予定となっている。
温泉地に滞在した後には、そこにも顔を出そうという話でまとまっていた。
そんなわけで、翌朝。
俺は嫁たちを連れ、ワイバーン討伐を頼まれた地方都市アルティバーグを出立した。
向かうは温泉地として知られる街トルトレントだ。
これからおよそ二日間の道程を、四人と一振りで進んでいく。
ちなみに、なぜ温泉地に向かうかといえば、そこに温泉があるからだ。
近くまで来たのだし、もともと大きなあてもない旅なのだから、せっかくなので行ってみようという話である。
やや涼しくなってきた時季ながらも、暖かい陽射しの降り注ぐ街道を、俺はロンバルディアを肩に担ぎのんびりと歩いていく。
一方で、そんな俺の後ろを歩く嫁たちは、このような話をしていた。
「そういえば、セラフィーナがまた夢を見たって言ってたにゃね?」
「ええ。王都にいた頃は、これほど頻繁には見なかったのですが。やはり運命の相手であるダグラス様と一緒にいると、私の力も強まるのかもしれませんね」
「それでどんな夢だったの、セラフィーナ?」
「とある闘技場で、ダグラス様が勇ましく戦っている姿を見ました。対戦相手は、漆黒の大剣を持った長い黒髪の美女。その剣士の女性は、戦いを楽しむような凶暴な笑みを浮かべていました」
「んん……? それって……」
セラフィーナの夢の内容を聞いたエレンが、疑問の声をあげる。
「エレン、何か心当たりがあるのか?」
「うん。心当たりっていうか……セラフィーナが言った女剣士、ボクの師匠に特徴がよく似てるなぁと思って」
「ほう……?」
エレンの師匠。
確か単独で竜殺しぐらいやってのけてもおかしくないと思えるほどの達人だったと、以前に話を聞いたとき、エレンはそう言っていたように思う。
セラフィーナが予見の夢で見たのが、エレンの師匠なのだとしたら──
まあ、考えても仕方ないか。
訪れないかもしれない未来について、今からどうこう思い悩むのも詮無い話だ。
「ちなみにセラフィーナ。その夢では、俺とその女剣士、どっちが勝ってた?」
「……ごめんなさい、よく分かりませんでした。決着までは見られませんでしたし、あれはどっちが優勢だったのか……。ただ、その……速さでは、相手の女剣士のほうがずいぶん上だったように見えました」
「ほう」
速さだけなら、【守護乙女の祝福】を受けた状態のエレンでも、俺よりわずかに上といったところだが。
まあいずれにせよ、たらればの話だ。
もし本当にそんな人物と立ち合うことになったのなら、どうするかはそのとき考えよう。
***
地方都市アルティバーグを前日の朝に出立して、街道を進むこと一日半。
温泉地であるトルトレントの街に到着したのは、その日の夕刻のことだった。
「うわぁっ、雰囲気あるね……! あ、見てあそこ、珍しいお菓子が売ってるよ。温泉マンジュウ? あははっ、変な名前」
「くんくん。……不思議な匂いがするにゃね。これが温泉の匂いにゃ?」
市門で検問を受けて市内に入ると、エレンとミィナがはしゃいだ様子で街の中へと駆けていった。
温泉地であるトルトレントの街は、どこか風情のある作りだ。
東国のデザイナーが中心となって観光地として作り変えられたというこの街は、ウェントワース国内のほかの都市とは一風変わった街並みをしていた。
見慣れない建築様式の木造の宿がいくつも立ち並び、それらの前では客引きが道行く人々に声をかけている。
あちこちの露天風呂から立ち昇る湯気のせいか、街の空気はうっすらと白く染まっているようにも見えた。
そんな街並みにミィナとエレンは大興奮で、俺も内心では似たようなものだった。
一方でセラフィーナだけは、普段通りに粛々と俺に付き従っていた。
「もう、二人とも子供なんだから。困ったものですね、ダグラス様」
「まあ、気持ちは分かるけどな。セラフィーナはこの街には来るのは初めてじゃないのか?」
「はい。お父様に何度か連れてきていただきました。王族御用達の宿へなら私がご案内できますけど、どういたしますか?」
「王族御用達の宿か……。でも、さすがにお高いんだろう?」
「んー、やっぱりそうなんでしょうか? 気にしたことがなかったもので。ですけど良い宿ですよ。静かでゆったりとしていて、食事もとても満足できるものだったと記憶しております。接客も丁寧で心温まるものでしたし」
「よし、いいだろう。乗った」
いくらお高い宿といっても、今の俺に払えないような額ではあろうはずもない。
せっかくここまで足を延ばしたんだから、より良い体験をしたいものだ。
幸いなことに、今の俺には冒険者ギルドで高ランクのクエストを受けることによって、多額の報酬を得られるだけの地位と能力がある。
金はなくなるようなら、また稼げばいいのだ。
と、そんなとき、ロンバルディアが念話で話しかけてくる。
『我が主よ。我も化身の姿になってもよいかの? せっかくじゃから我も温泉というものを堪能してみたいぞ』
「いや、それ自体は構わんが、ここではやめてくれ。全裸の女子を連れ歩くおっさんとか絵面がまずすぎる」
『むーっ。では、服を着ていればいいということかの?』
「まあ、そういうことだが……え、ひょっとしてお前、服を着た状態の化身になれるのか?」
『当然じゃろう。我の力を甘く見るなよ』
そう言って、どろんっ。
ロンバルディアは人気のない場所で、化身姿へと変身した。
いつもどおり、黒髪で褐色肌の小柄な少女姿だ。
しかし全裸ではなく、可憐なメイド服に身を包んでいる。
「こんなところでどうかの? どうじゃ、なかなか可愛いかろう?」
ロンバルディアはそう言って、くるりと回って見せる。
フリルたっぷりのスカートが、ふわりと舞った。
「確かに可愛いが……いや、そんなことができるなら最初からやれよ」
「これまでは別段、必要性を感じなかったからの。だが以前に言ったはずじゃぞ。メイド服姿の我に奉仕してほしければ、そう言えと」
言われてみれば、そんな言葉を聞いた気がしないでもない。
まあいいか。
過去のことは水に流そう。
俺は気を取り直して、嫁たちとともに目的の宿までの道を歩いていく。
すると──
「おい、あのおっさん何者だ? 冒険者っぽい格好だが……」
「ああ、ずいぶん風格がある気がするし、何より連れてる子たちがやべぇな。超美少女揃いじゃん。しかも一人はロリメイドってどんだけだよ」
「あっ、あの賢者のローブを着た子、たしかセラフィーナ様よ。この国の王女様の一人だったはず」
「えっ、でもあのおっさんに付き従ってる感じだぜ。ほかの子たちもそうだ」
「お、おい気をつけろ。おっさんとか呼んだらやべぇよ。きっとめちゃくちゃ偉い人だぜ」
道端の人々の噂をする声が、ちらほら聞こえてくる。
うーん……どこに来ても、うちの嫁たちを連れているとこうなるのか。
しかし当の嫁たちはそれを気にする様子もなく、むしろきゃっきゃとはしゃいだ様子で俺にへばりついてくる。
「ねぇダグラス、明日はボクと一緒に街を回ろうよ♪ いろんな出店が出ていて、お祭りみたいで楽しそう」
「何を言ってるにゃエレン。ダグラスは明日、ミィナと街を回るにゃよ。そうにゃよね、ダグラス?」
エレンが俺の右腕に、ミィナが俺の左腕に、俺を奪い合うようにぎゅっと抱き着いてくる。
二人とも胸に立派なものをお持ちなので、その感触が体温ともども衣服越しでも伝わってくると、なかなかに辛抱たまらないものがある。
「お、おいお前ら。ちょっとはしゃぎすぎじゃないのか」
「そうですよ。二人ともダグラス様にべたべたしすぎです。ダグラス様が困っているでしょう? そんなことでは、ダグラス様の伴侶失格ですよ」
セラフィーナが俺の援護をするように、ミィナとエレンの二人をたしなめる。
だがそれには、エレンがにひひっと笑って言葉を返す。
「またまたぁ。そんなこと言って、セラフィーナだってダグラスに抱き着きたいくせに」
「そっ……それは、そうですけど……どっちかっていうと、ダグラス様にぎゅーっと抱き締めていただくほうが……って、そうじゃなくて!」
「それにしても、我が主はいつもモテモテじゃのぅ。この姿になっても入り込む隙が見当たらんとは。これは寂しくならんためには、三人がおらんときを積極的に狙っていくしかないの」
何にせよ、賑やかなことこの上ない。
まあ正直に言って現世の天国という感じなので、強く注意しようとも思えないのだが。
一方で、そんな風にして歩いていく俺たちを見て、街の人々はぽかーんとしていた。
「なんだありゃあ……」
「いいなぁ……ああいうのを、美少女ハーレムって呼ぶんだろうな……」
「死ぬほど羨ましい……あのおっさんだけ爆発してくれねぇかな……」
ん、気持ちはよく分かるが、俺はまだ爆発したくはないんだ。
俺としては今後もずっと、この嫁たちとのイチャイチャを存分に堪能していきたい所存なので、よろしくお願いしたいところである。
──だが、このとき。
そんな平和な街の風景をぶち壊しにしようとする、いくつもの不穏な巨体が、遠く街から離れた丘の上で、ギラリと目を光らせていたのである。





