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裏切り、窮地、台座に刺さった斧

 ミィナがうまくやって、脱出路の確保に成功したようだ。


 あとはどうにかして、この俺にのしかかっている魔獣をやり過ごして逃げるだけだ。


「──うぉおおおおおおっ!」


 火事場のバカ力というのは、こういうもののことを言うのだろう。


 俺は全身の筋肉がちぎれるかと思うほどのパワーを発揮して、自分にのしかかっていた巨獣を押しのけることに成功した。


 俺はなおも死に物狂いの力で立ち上がり、部屋の入口の方へと向かおうとして──


 そのとき、信じられないものを見た。


「な、なんで扉を閉めるにゃ!? まだダグラスが中にいるにゃ!」


「うるさいですよ獣人! 彼はもうダメです! 彼を待っていたら、私たちまであの魔獣に食われてしまいます! アーロン、その獣人は取り押さえておいてください!」


「分かった! おい、おとなしくしろ獣人が!」


「な、何をするにゃ、放せにゃ! ──ダグラスーッ!」


 ギィイイイイッ……ズゴォン!

 扉は神官の手で、再び閉じられてしまった。


 それを止めようとしていたらしきミィナは、魔法使いによって羽交い絞めにされていたのが最後に見えた。


 俺は慌てて扉に駆け寄ったが、押しても引いてもびくともしない。


 この扉の向こう側にも扉を開く仕掛けがあって、それを操作しないと開かない仕組みになっているのだ。


 一方でこの部屋のどこかにも、ミィナが操作して扉を開いた仕掛けがあるはずだが──


「おい、ミィナ! この扉、どこを操作すれば開く!」


「ダグラス! その扉の、んむぅーっ!?」


「獣人! 教えるのではありません、黙っていなさい!」


「──んんぅうううううっ! ──んむぅううううっ!!!」


 扉の向こうのミィナに聞こうとしたが、神官か魔法使いがミィナの口を塞いだようだ。

 あいつら、どこまで腐ってやがる……!


 そのとき──


「チッ──!」


「──ガルゥウウウウッ!」


 俺はぞくっとした危機感を覚え、半ば反射的に、扉の前から横っ飛びに跳んでいた。


 一瞬前まで俺がいた場所を、おそるべき炎が焼く。


 鉄の扉は魔獣の炎を受けても溶けたりはしなかったが、俺があれの直撃を食らっていたら命はなかっただろう。


「くそっ! テメェら、化けて出てやるからな!」


 俺は扉のほうに向かって叫んでから、その場から走り始める。


 こうなったらもう一つの可能性にかけるしかない。

 目指すはこの部屋の奥の通路だ。


「はははっ! ダグラスさん、いずれ地獄で会いましょう!」


「んむぅうううっ! んぅうううっ……!」


 神官の声と、口をふさがれているのであろうミィナの声が、扉の向こうで遠ざかっていった。


 あの神官の野郎、自分が地獄に落ちるって分かってやっているあたりタチが悪いなおい。


 だが俺はそう簡単に、地獄に落ちたくはない。

 死に物狂いで魔獣から逃げ惑いながら、奥の通路を目指した。


 もちろん、それで助かる見込みなどない。


 ただただ生き永らえたい、何か生きる道があるのではないかという一縷の望みだけを頼りに、俺は走り続けた。


 二度か三度ほどの奇跡が起こって、俺はそのたびに魔獣の攻撃をやり過ごし、とうとう部屋を出て、奥の通路を走り始める。


 魔獣はそれでも追いかけてくる。

 部屋を出たら追いかけてこなくなるなんて、淡い望みも消え去った。


 走る、走る、走る。

 俺はみっともなく、何度も転びそうになりながらも、死に物狂いで走った。


 俺はもともと足が速い方ではないし、四足獣であるキマイラは当然ながら足が速い。

 一本道だ、すぐに追いつかれる。


 そして振り向いて攻撃を仕掛けようにも、斧はいつの間にか俺の手元にはない。

 一体どこで放り捨てたんだったか。


 いずれにせよ、奇跡ももう品切れってことか。

 俺の往生際の悪さも、これまでらしい。


 そう思ったとき──


「うぉおっ……!? お、落とし穴だとぉ!?」


 踏んだり蹴ったりとはこのことだ。


 足元でカチッと音がしたかと思うと、床がパカッと開いて、俺はその下へと真っ逆さまに落ちていった。


「痛っつぅ……」


 結構な高さを落ちた気がするのだが、どういうわけかたいした落下ダメージはなかった。

 途中から滑り台(スロープ)になっていた気もするが、まあどうでもいいことだ。


 真っ暗闇の中で、俺はよろりと立ち上がる。


「どうすんだよこれ……。どうやらキマイラは下りてこないみたいだが……」


 助かったのか、そうでないのか。

 何しろ周りが真っ暗闇で何も見えないし、分からない。


 元いた遺跡の一階では、魔法的な仕掛けによって、通路や部屋そのものに照明が確保されていたのだが。


 灯りをつけようにも、探索道具一式その他もろもろを詰めた背負い袋は、キマイラと遭遇した部屋に置いてきてしまった。


 だが、そのとき──


 ボッ、ボッ、ボッ、ボッ……!

 壁掛けのランプに、次々と炎が灯った。


 俺がいる場所はどうやら石造りの通路のようで、通路は前方へとまっすぐに続いている。

 手前から順番に炎が灯ったランプは、通路の壁に等間隔に設置されていた。


 その通路を、俺はふらふらと歩いていく。

 俺の意志で動いているのか、そうでないのかも、今の俺にはよく分からなかった。


 やがて通路は、ひとつの小部屋へとたどり着く。


 その小部屋の中央には石の台座があり、そこには淡い輝きを放つ両刃の戦斧が斜めに突き立っていた。


 そう、突き立っているのだ。

 斧の刃を石の台座に叩きつけたら、そのまま台座に食い込んで抜けなくなってしまったというように。


 俺はその姿を見て、「聖剣」という言葉を思い浮かべていた。


 封印の大地に突き刺さった聖剣を引き抜いた者が、勇者となる。

 そんなありきたりな英雄物語は、古今東西、枚挙にいとまがないほどだ。


 だが突き立っているのが斧だったという話は、寡聞(かぶん)にして知らない。


 勇者の剣が「聖剣」だというなら、これはさしずめ「聖斧(せいふ)」だろうか。

 そう呼びたくなるような印象が、その斧にはあった。


 俺はその斧まで歩み寄っていって、柄をつかむ。


 罠だとか何とか、そういう考えはまったくなかった。

 というか、そんな些事を気にかけていられる状況ではなかった。


 左半身の火傷がひどい。

 このまま何もしなくても、俺は死ぬだろう。


 まして武器一つ持たずに、生きてこの遺跡から出られる気はまったくしない。


 もう何でもいいから(すが)ってやる。

 俺はそういう気持ちで、台座から斧を引き抜いた。


 斧は思いのほかあっさりと抜けた。

 まるで俺に引き抜かれるのを待っていたかのように。


 そして、斧を手に取った俺は──


「なっ……!? 力が、あふれてくる……!」


 力の奔流が、斧から俺の体の中に入り込んできた。


 危険なものではないと直感する。

 それどころか──


「治癒能力……!? 火傷が治っていく……」


 その斧を手にしたときから、ゆっくりとだが、左半身の火傷が治癒されていくのを感じていた。


 手にしているだけで傷を癒してくれる武器など、古代遺跡から発掘される魔法の武器にしても、滅多にありはしないだろう。


 そして──声が聞こえた。


『戦士ダグラス、おぬしをわが主と認めよう。我が力で、おぬしの才覚(レアリティ)を★から★★★★★へと引き上げた。もはやおぬしは凡夫ではない。人類最高の才覚(レアリティ)を持った英傑であるぞ』


 それは頭の中に直接すべり込んでくるような、思念による声だった。


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