竜退治(2)
聖斧ロンバルディアを片手に、俺はドラゴンへと向かっていく。
広大な広間、まだ距離がある。
遠隔攻撃を持つ相手のほうが有利だ。
ドラゴンはまず、大きくひと吠え、咆哮をあげた。
それだけで周囲の空気が震え、恐怖の圧が襲い掛かってくる。
ドラゴンの咆哮はそれ自体が魔力を持ち、力なき者たちをただのひと吠えで恐慌に陥れるという。
だがそんなものは、今の俺には通用しない。
強い圧を感じながらも、俺は足を止めることなくドラゴンに向かっていく。
あと一手を凌げば、接近戦に持ち込める。
『ほう、ただの狂人ではないか。では──これはどうだ』
ドラゴンの口の奥に、轟く灼熱が巻き起こった。
炎の吐息が来る──
──ゴォオオオオオオオオッ!
炎が吐き出される直前、俺は右手へと走った。
直前まで俺がいた空間を、おそるべき炎が焼き払う。
だがそれでは終わらない。
ドラゴンはその頭部を俺のほうへと向け、その場のすべてをなぎ払うように吐き出す炎を掃射してきた。
迫りくる炎から、走って逃げる。
だが今の俺の走力をもってしても、炎のほうが速い。
「ぐぅううううううっ……!」
ギリギリで追いつかれ、左の上半身が焼かれた。
灼熱の炎の威力は、キマイラのそれの比ではない。
炎がやんだ。
俺の左上半身は焼け爛れ、左腕は麻痺して感覚がなくなっていた。
【治癒能力】がすぐさま働き始めるが、すぐに治癒が完了するようなダメージでは到底ない。
いつぞやのキマイラとの戦いを思い出す。
だがこれで、接近戦の距離までたどり着いた。
「──うぉおおおおおおおっ!」
俺はドラゴンの巨体に駆け寄り、右手一本で聖斧ロンバルディアを振り上げ、叩きつける。
ロンバルディアの刃は轟音をあげて突き刺さり、ドラゴンの左前肢を深々と断ち切った。
ドラゴンが苦悶の咆哮をあげる。
この好機を逃すわけにはいかない。
俺はそのままの勢いで、ドラゴンの左翼側へと回り込み、そこにあったドラゴンの片翼へと聖斧を叩きつけた。
刃は硬い皮膜を難なく突破して、ドラゴンの翼の一部を派手にぶち破った。
「はっ! これで飛んで逃げることもでき──っ!」
メキメキメキッ……!
油断したつもりはなかったが、死角から来たドラゴンの尾の一撃が、俺の胴体に横薙ぎに直撃していた。
俺の体はその勢いで、嘘のように大きく吹き飛ばされる。
そして大広間の地面に、俺はあっけなく転がった。
どうにか力を振り絞り、かろうじて立ち上がる。
肋骨が何本か、確実にやられた。
折れた骨が内臓に突き刺さっているのではないかとすら感じる。
【治癒能力】はまったく追い付いていない。
それでも、まだやれる……気もする。
だが一方で、次の一撃で俺は死ぬのではないかという予感もある。
このままやっても勝てるかもしれないが、このままやれば負けるかもしれない。
負ければ死だ。
死ぬのは嫌だ。
死んだらもう、俺のかわいい嫁たちとイチャイチャエロエロできないではないか。
俺は血の味のする唾を吐き捨て、言葉を放つ。
「意地を張るのはここまでか。いけるんじゃないかとも思ったんだがな。──なあ竜よ、死ぬ前に一つ教えてくれよ。俺は今年で四十歳になった程度の小童なんだが、あんたこれまで何年生きてるよ?」
俺に次なる攻撃を仕掛けようとしていたドラゴンは、その動きを止めて、俺の問いに答える。
『さて、よく覚えておらんな。二百五十年か、三百年か……貴様ら矮小なる人間どもが生まれて死ぬまでの、何倍も長くは生きているであろう。だが人間、貴様は死の間際に、そのようなことが知りたいのか?』
「ああ、俺がお前を殺す前に、聞いておきたくてな。しかしそうか、これで壮竜か。世界は思ったより広いな」
『最後まで世迷言か。もういい、貴様は死ね』
ドラゴンは再び、その口の奥に溶岩のごとき炎を溜め、放ってきた。
俺の全身を、灼熱の劫火が包み込む。
「──【絶対防御】!」
切り札スキルの一枚を使用。
俺の全身を光の幕が覆った。
炎がやむ。
その炎は、俺にさらなるダメージを与えることは叶わなかった。
だがこれは、その場しのぎの手段に過ぎない。
本命はもちろん、もう一枚のほうだ。
「──【鬼神化】!」
スキル使用と同時に、俺の体の奥底から莫大な闘気が噴き上がってきた。
それを見たドラゴンが、大きく目を見開く。
俺は地面を蹴る。
これまでとは比較にならないほどの速度でドラゴンの懐に滑り込む。
斧を振る。
鋭い刃はドラゴンの顔面に突き刺さり、竜の片眼をあっさりと潰した。
ドラゴンは苦悶の咆哮をあげる。
ドラゴンは鋭い鉤爪のついた前肢を無茶苦茶に振り回し、あるいは牙で俺を噛み殺そうと懸命に攻撃してくる。
俺はそれをことごとく回避し、隙あらば反撃を叩き込んでいく。
ドラゴンの前肢の片方が、ぶった斬られて飛んだ。
ドラゴンの尾の一撃が、再び俺を捕らえる。
だが俺は、その殴打攻撃を受け止める。
ずしんと重たい衝撃が来たが、今度はどうということはない。
うろたえるドラゴンの尻尾を、斧でぶった斬る。
尻尾はナイフを入れたハムのように真っ二つになった。
「はははははははっ! ──オラァッ!」
俺は哄笑し、ドラゴンの首に斧を叩きつける。
竜鱗も分厚い闘気も、今の俺の一撃の前にはさしたる役にも立たず、ドラゴンの首の半分が派手に断ち斬られた。
ドラゴンは首から鮮血を噴き出して悶え苦しみ、最後にいくらかの抵抗をしたが、今の俺を殺すにはまったく届かない。
やがてその悪あがきも終わり、ドラゴンは力尽きた。
俺の勝利だ。
だが俺の衝動は、まったく収まらなかった。
こんなものでは、まだまだヤリ足りない。
女だ。
女が必要だ。
俺のこの昂りをぶつける、美しい女が。
俺は洞窟の入り口へと向かう。
洞窟の外には女がいたはずだ。
だがそのとき、俺が手にしていた斧が、その姿を変えた。
俺が手にしていた斧は、美しい黒髪を備えた褐色肌の少女の姿になった。
斧をつかんでいた俺の手は、今は少女の細い手首をにぎっている。
この女はもう、俺からは逃げられない。
褐色肌の少女は、額から一筋の汗を垂らしつつも、俺に向かって不敵に笑いかけてくる。
「我が主よ、まずは我が相手をしよう。実は我も初めてじゃから、お手柔らかに頼む──と言っても、無理じゃろうがな。やれやれ、【鬼神化】の副作用を鎮めるのが、化身の我による初の奉仕となろうとはな」
どうでもいいことをごちゃごちゃと言う女だ。
だが極上の女でもある。
俺は目の前の女を第一の獲物と定め、欲望のままに押し倒した。





