王都
セラフィーナ王女に出会った日の翌朝に出立して、馬車に揺られること四日。
俺とセラフィーナ、ミィナ、エレンの四人は、王都へとやってきていた。
馬車が市門前に到着したのは、空が夕焼け色に染まり始めた頃だ。
俺たちは市門で門番によるチェックを受けてから、都市の中へと入っていく。
「んんっ……! やっと着きましたね。これだけずっと馬車に乗っていると、体が固まってしまって」
「あー、分かるそれ。それにしても、王都に戻ってくるのは、ボクもずいぶん久しぶりな気がするなぁ」
「ミィナは王都に来るのは初めてにゃ。こう人がたくさんいるとびっくりするにゃよ」
三人の少女たちが、思い思いの言葉を口にする。
俺も王都に来たことはそう何度もないため、どちらかと言えばお上りさんの気分だった。
市門をくぐった俺たちは市内に入ると、セラフィーナの案内で賑やかな中央通りへと進んでいく。
すると街の子供たちが何人か、セラフィーナの姿を見て駆け寄ってきた。
「あ、セラフィーナ様だ!」
「ねぇ、セラフィーナ様! また予言聞かせてよ予言!」
「ふふっ。それはまた今度、私が夢を見たときにね」
セラフィーナは子供たちに笑顔を振りまきながら、人々の間を進んでいく。
さらに路上の物売りや、道端で世間話をしている女性たちも、セラフィーナに向かって気さくに声を掛けてくる。
「おっ、セラフィーナ様。旅からお帰りですか?」
「セラフィーナ様、探していた勇者様は見つかったのかい?」
「はい。それをこれから、お父様に報告に行くところです」
セラフィーナがそう答えると、周囲から「おおーっ」とどよめきの声が上がる。
それから俺に向かって、好奇の声がいくつも飛んできた。
「ってことは、あんたが勇者様か? 確かに貫禄があるな。いかにも勇者様って感じがするよ」
「いやぁ確かに風格はあるが、俺は勇者様って言ったら、もっと若い剣士を想像していたけどな。こう、立派な聖剣を腰に差してさ」
「あー、分かる。でもあの勇者様が背負っている斧も、相当立派だぜ。並みの斧じゃないのが一目でわかる。ありゃとんでもない業物だろ」
「でもいいよなぁ。勇者に選ばれたら、セラフィーナ様に一生添い遂げてもらえるんだろ? 俺も勇者になりてぇ~」
「いや待て待て。隣に剣士の女の子もいるだろ。あっちが勇者様の可能性もワンチャン」
「うはっ、百合キタコレ」
「バーカ、知らねぇのかよ。ありゃCランク冒険者のエレンちゃんだよ。セラフィーナ様とはもともと知り合いだったはずだぜ」
「なぁんだ。じゃあ百合じゃねぇのか」
「でも、あっちの猫耳族の子もめちゃくちゃ可愛くねぇ? ていうか勇者様、どんだけ美女侍らせてるんだよ」
「くっそーっ! 一人でいいから俺にくれよ~!」
外野が賑やかすぎる……。
あとどうでもいいが、一人たりともやらんからな。
さておき俺はセラフィーナの隣に寄り、小声で話しかける。
「それにしても、セラフィーナの人気はすごいな」
「……そうですか?」
「ああ。王都のみんなから好かれている庶民派王女様って感じだ。──そんなセラフィーナを独り占めにして、夜の奉仕までしてもらえる俺は、途方もない幸せ者だな」
「も、もう、ダグラス様ってば……。あんまり、人前でそういう話は。人に聞かれたら、恥ずかしいです……」
頬を真っ赤に染めて、俺の隣でもじもじとするセラフィーナである。
めちゃくちゃに可愛かった。
……とまあ、そんな調子で人々の波をくぐり抜けながら、俺たちは王城へと向かっていく。
ウェントワースの王城へは、商業の中心である中央通りからは少し外れた上流階級の住宅街を通って、緩やかな上り坂の道を進んでいくとやがてたどり着く。
深い堀と、高く頑強な城壁で守られた王城には、堀の上に渡された跳ね橋を通って、門番が守る城門を通り抜けることで入ることができる。
もちろん俺たちは、セラフィーナがいるので門番は顔パスだ。
城門を潜り抜けた先には広い中庭があり、その一角では騎士や兵士たちが今日の訓練を終え、片付けに入っている姿を見ることができた。
先導するセラフィーナは、その中庭を堂々と歩いていく。
途中、騎士や兵士たちがセラフィーナに恭しく挨拶をしてきて、セラフィーナはそれに「今日もお疲れ様です」と笑顔で答えて、戦士たちの敬意を一身に集めていた。
またセラフィーナは、そこにいた騎士の一人に何やら頼みごとをしていた。
どうやら国王への謁見許可を取るよう頼んだらしい。
セラフィーナは一礼をして立ち去っていく騎士を笑顔で見送ると、さらに中庭を進んでいく。
やがて城館へとたどり着くと、立派な扉を開いて城館の中へと入る。
入り口すぐの場所はシャンデリアの灯りに照らされた煌びやかなホールとなっており、セラフィーナはそこにある螺旋階段を上って上階へと向かっていった。
なお、セラフィーナは当然ながら堂々としたものだが、俺を含めたほか三人は、その荘厳な雰囲気に完全に呑まれていた。
「ひえーっ……ボクも王城の中に入ったのは初めてだよ……」
「にゃうぅぅっ……ミィナはどうしてこんな場所に来てるにゃ……? ダグラスぅ、なんか怖いにゃあ……」
「いや、別に取って食われりゃしないだろ。……セラフィーナをいただいちまった俺以外は」
「あはは……ダグラス様も食べられはしませんから、ご安心ください」
「ていうかダグラスだったら、このお城にいる騎士や兵士全員を相手取っても勝てちゃいそうだよね」
「防犯的にはダグラスをこの城に入れた時点で負けてるにゃ」
「いや、近衛の騎士とかは相当の腕利き揃いだろ? 一人でこの城の全員を相手にってのは、さすがになぁ」
「あ、あのぉ……あまり物騒な話は、さすがにちょっと……」
セラフィーナが、困ったような笑い顔で窘めてくる。
すまんな、俺たち庶民はこういう場所にあまり慣れていないんだ。
そんな話をしながら二階へと上がり、セラフィーナに連れられて、城館の廊下を歩いていたときだった。
廊下の向こうから、煌びやかなドレスをまとった令嬢が一人、数人の騎士や侍従を連れてやってきた。
令嬢はセラフィーナと少し似ているが、幾分か年上に見える。
そのドレス姿は、旅汚れた賢者のローブをまとっているセラフィーナとは対照的に小綺麗で、箱入り娘という印象だった。
令嬢は俺たちの前まで来ると、セラフィーナに向かってこう声を掛けてくる。
「あらセラフィーナ、お帰りなさい。相変わらず薄汚れた格好をしているものね。冒険者なんて下賤な者たちの真似事なんて、いい加減やめたらいいのに。──そちらの付き人たちも、小汚い恰好を見たところ冒険者かしら? あまり勝手に平民を出入りさせないでほしいのだけどね」
開口一番、呆れるほどの憎まれ口をたたいてきた。
それを聞いたセラフィーナは、ムッとした表情を見せる。
「ベアトリス姉様。こちらは私が見出した勇者様とその御一行です。あまり失礼なことは言わないでもらえますか」
「あら、あらあらあらあら! 勇者様って、いつもセラフィーナが言っていた、『予言の勇者様』のことぉ? ──あははっ、なるほどぉ。みすぼらしい姿の第六王女には、こんなみすぼらしい恰好のおじさまがお似合いということねぇ?」
「ベアトリス姉様!」
「──何よ、セラフィーナ。末妹のあなたが、姉である、第一王女である私に意見するわけ? ……ふんっ。末席のくせに、迷信深い老人連中に『予言の巫女』なんて持ち上げられて、ずいぶんと調子に乗ってくれたものね」
「……もういいです。行きましょう、ダグラス様」
「あ、ああ」
セラフィーナは令嬢とその従者の横を通り抜けて、その場から歩み去っていく。
令嬢はふっと笑って、そちらも従者を連れて去っていった。
やがてセラフィーナは、俺たちを彼女の自室へと案内する。
そして俺たち三人を部屋の中に入れると、入り口の扉を閉めた。
それからセラフィーナは、大きくため息をつく。
「ダグラス様、先ほどは私の姉が無礼な態度をとって、申し訳ありませんでした。私が姉に代わってお詫びいたしますので、どうかご容赦を」
「いや、それはいいんだが……またずいぶん強烈な姉君だな。たしか第一王女って言っていたか」
「はい。彼女はベアトリス・ウェントワース。このウェントワース王家の現在の第一王女です。ベアトリス姉様は、ほかの姉達にはそれほどでもないのですが、なぜか私だけは目の敵にしてくるもので……申し訳ありません」
するとその話を横で聞いていたミィナが、口元に手を当て、名探偵のように鋭い視線を見せる。
「ミィナの見立てでは、あれは自分が持っていないものを持っている人間に嫉妬するタイプにゃね。あの王女様はきっと、自分が『予言の巫女』になりたかったんにゃ。でも自分がなれなかったものにセラフィーナがなったから、セラフィーナのことを憎んでいるにゃ。完全に八つ当たりにゃね」
「そうですか……? でもベアトリス姉様は、『予言の巫女』を眉唾だとする人たちの筆頭ですよ?」
「『すっぱい葡萄』っていう寓話があるにゃ。おなかを空かせたキツネが葡萄の木を見つけるんにゃけど、高いところになっていて葡萄が取れないもんだから、あんな葡萄はすっぱくてまずいんだと決めつけて葡萄を取るのをあきらめるにゃ。人間はほしいものが手に入らないと、それを価値のないものだと思いたがるものにゃよ」
「へぇー。ミィナって結構物知りなんだね」
「物知りっていうのはちょっと違うにゃね。人間洞察はシーフに必要な能力にゃよ」
エレンに褒められて、えへんと胸を張るミィナ。
俺がその頭をなでてやると、獣人の少女はごろにゃんと俺に懐いてきた。
と、そんな一幕もありつつ。
俺たちがしばらくセラフィーナの部屋でくつろいでいると、やがて国王への謁見の準備ができたという報告が部屋に届いた。
俺はミィナとエレンを部屋で待たせ、セラフィーナのあとについて謁見の間へと向かった。





