果ての姿
それから数日の旅をして、少女たちは再び、竜のアギトへとたどり着く。
ミィナ、エレン、セラフィーナの三人に加え、“竜神器十将”弓使いのビナーも同行していた。
それは昼を少し過ぎたぐらいの時刻。
遺跡の入り口──石造りの竜頭のごとき威容の前で、少女たちは唾を飲む。
ここまでの道中で、十の首持つ竜王セフィロトが暴れているという話は聞き及ばなかったから、きっとダグラスがどうにかして戦いに勝ったのだと信じたいが──
だとしたら、どうしてあのとき【奴隷化】や【守護乙女の祝福】の効果が失われたのか。
信じたいものを信じたい気持ちと、それを否定する証の存在。
この先に何が待ち受けているのか、見るのが怖い。
確認しなければならないが、確認してしまったら、現実が確定してしまうのではないか。
そんな想いが少女たちの胸に渦巻いていて、怖気づいていた。
動けずにいる三人の様子を見た弓使いの少女が、静かに声をかける。
「……皆さん、行きましょう」
その声に押され、少女たちは瞳に決意の色を浮かべ、互いにうなずき合った。
そして遺跡の中へと踏み込んでいく。
遺跡の中は静かだった。
たった今そこに踏み入った彼女らのほかには、誰もいないかのように。
だが目的地である大広間に行けば、そこには一人の少女がぼーっと突っ立っていた。
褐色肌の小柄な少女。
可憐なメイド服を身にまとっている。
少女のかたわらには、十の頭を持つ巨大な竜の死体があった。
死んでからかなりの日数が経つのに、腐敗している様子はない。
竜王の魔力の残り香が成していることなのだが、訪問者の少女たちはそんなことには興味がなかった。
それよりも、探している相手が見当たらないことの方が、遥かに少女たちの胸をざわつかせていた。
不安に尻尾を揺らしながら、ミィナが褐色肌の少女に声をかける。
「ロンバルディア……ダグラスは、どこにゃ……?」
褐色肌の少女──聖斧ロンバルディアの化身体は、そこでようやく訪問者の存在に気付いたようだ。
どこか生気の宿っていない瞳でミィナたちを見て、彼女は言葉を紡ぎ出す。
「ああ、おぬしらようやく来たか。──そこに砂の山があるじゃろう」
ロンバルディアはそう言って、巨竜の死体の前にある砂山を指さした。
大柄の人間が一人、砂になって崩れ去ったらあのぐらいになるだろうという砂の量だった。
それを聞いて震える声を返したのは、セラフィーナだ。
「ま、待ってくださいロンバルディア……それは……え、だって……そんなはず……だって、これじゃあ……」
だがロンバルディアは、無情にもゆっくりと首を横に振る。
「事実じゃ。この砂の山こそが、わが主──ダグラスという一人の男の果ての姿よ」
ミィナ、エレン、セラフィーナの顔に絶望の表情が宿り、ビナーは悲しげに首を横に振った。
セラフィーナが今にも壊れてしまいそうな様子で、ロンバルディアに向かって叫ぶ。
「そんなわけありません! だって──だってダグラス様は、私たちのことを大好きなんですよ……! あの人が、私たちを置いていくはずがないじゃないですか……!」
「そうじゃな。あやつはおぬしらにぞっこんじゃったな」
「そうですよ! だからまた、私たちを抱きしめに戻ってきてくれるはずなんです! ぎゅーって、折れそうなぐらいに力強く私を抱きしめてくれて、それで……!」
「ああ。命が残っておったら、またそうしていたじゃろうな」
「うっ……うわぁああああああんっ!!! やだぁああああああっ! そんなの嫌だぁああああああっ!」
セラフィーナはその場で崩れ落ち、わんわんと泣き出した。
ミィナもまた座り込んで、同じように大泣きを始めてしまう。
一方で弓使いビナーは、悔しそうに歯噛みしていた。
手にした竜神の弓を、ぎりりっと握りしめる。
──だがもう一人。
剣士の少女エレンは、こう叫んだ。
「──まだだ! ボクは絶対あきらめない!」
それを聞いたミィナとセラフィーナが、ハッとした顔になる。
ミィナが震える声で言う。
「で、でも……ミィナたちは、もう……持ってないにゃよ……? あのとき使っちゃったから……」
「世界中探せば、きっとどこかには別のがあるだろ! 何もあれじゃなくたっていい! あの魔法そのものを使える人だって、どこかにいるかもしれない!」
そのエレンの叫びを聞いて──
セラフィーナは涙を拭って、すっくと立ちあがる。
賢者の少女は涙声ながらも、決意のこもった言葉を紡ぐ。
「ええ、エレンの言うとおりです。私は探し出します、何がなんでも」
そしてミィナもまた──
「……そうにゃね、その通りにゃ。絶対にあきらめないにゃ」
三人の少女たちは、互いに力強くうなずき合った。
彼女らは一刻も惜しいという様子で、その場から立ち去っていく。
弓使いビナーも、それに従った。
一方で、その場に残されたメイド服の少女は、ほうと息をつく。
そしてどこへともなく、つぶやいた。
「ほれ見たことか。だから言ったじゃろう、おぬしは自分のことを過小評価しておると」
***
ずっと、真っ暗で寒い世界にいた気がした。
欲しい温もりは何一つなく、魂すらも凍えそうな寒くて何もない世界。
だがそこに、温かな光が舞い込んでくる。
その光は、俺の魂を明るく優しく、穏やかに包み込んで──
「うっ……」
俺はゆっくりと、まぶたを開いていく。
そこは遺跡の大広間だ。
竜の女王を倒したその場所で、俺は石床の上で仰向けになっていた。
天井を見上げる俺の視界には、たくさんの見知った顔が映っている。
だが、何より大切な三人が──
「ダグラスにゃああああっ!」
「ダグラスぅううううっ!」
「ダグラス様ぁああああっ!」
俺が目を覚ますなり、三人がかりでぎゅっと抱きついてきた。
そして三人ともわんわんと泣き出しはじめる。
俺は状況がいまいち呑み込めていないながらも、三人をまとめて抱き寄せて、一人ずつ頭をなでていく。
「おはよう、ミィナ、エレン、セラフィーナ。──これ、どんな状況だ?」
その場にいるのは、三人の嫁たちばかりではない。
化身姿のロンバルディアを始めとして、“竜神器十将”弓使いビナーや、竜人族の長老の息子アイン、学者の少女リーゼ、聖王国で出会った聖騎士アウローラと教皇の婆さんオリヴィア、森林王国の騎士クロエに、闘技大会で戦った狼牙族の剣闘士ギルラムとエルフの剣姫オーレリアまでいる。
みな一様に、瞳に涙をためて歓喜の様子を見せていた。
ロンバルディア──褐色肌でメイド服姿の少女が、かつて見せたことのないような淡い笑顔とともに言う。
「おぬしがこの地で眠っておったのは、ひと月ほどじゃ。ミィナ、エレン、セラフィーナの三人が各地を駆けずり回って、ようやく一人の奇跡の担い手を見つけ出したんじゃよ」
そう言ってロンバルディアが指し示したのは、聖王国の教皇オリヴィアだった。
婆さんは腰をとんとんと叩き、大仕事を終えたという様子で言う。
「まったく……伝説の竜王を退治したと聞いたときには、呆れ果てましたよ。そんな大英雄の命を、呼び戻さないわけにいかないじゃありませんか」
「えぇっと……つまり……?」
俺は頭の中で、情報を整理する。
まず俺は、竜族の女王セフィロトを倒して、【生命燃焼】の効果で命を失った。
ロンバルディアに聞いていたところによると、命の灯を使い切ったら俺の体も砂のように崩れ去ってしまうということ。
通常の死者復活の魔法では、死体が完全に近い形で残っていないと蘇生は不可能なので、砂になってしまったら蘇ることはできない。
その状態から蘇らせることができるとしたら、最高位の神聖魔法である完全蘇生でもなければ不可能だ。
だがそれを可能とする呪文の巻物は、かつてエルフの里の「老師」を蘇らせるために使ってしまっていた。
そして完全蘇生を使える人物が現存するという話は、少なくとも俺は聞いたことがなかった。
それと似たような話で言えば、聖王国に伝わる聖女伝説ぐらいだ。
かつて聖女オーレリアは、嘘か真かいかなる奇跡でも起こしたとすら噂されている。
──いや、「いかなる奇跡でも」は、きっと嘘なのだろう。
彼女の聖錫が聖斧ロンバルディアと似たような性質を持った武器であるとするなら、その能力には何らかの制約と限界があるはずだ。
だが完全蘇生の魔法と同じ、あるいは似たような効果をもたらすことは、聖錫の力で可能な奇跡だった──と、つまりはそういうことなのだろう。
とはいえ──
俺は教皇オリヴィアが過去に漏らしていた言葉を思い出す。
「でも良かったのか、婆さん。確かその聖錫の力を振るえるのは、あと一度が限界みたいなことを言ってただろ」
「ええ、その通りです。ですので私はこれで、最後の奇跡の力を使い果たしました。もはや完全に、ただのババアです」
「そんな大事な力を俺なんかに使ったのか……。返しようがないデカい借りを作っちまった気がするんだが……」
すると教皇オリヴィアの顔が、ひくっと歪んだ。
オリヴィアは言う。
「ダグラスさぁん……? どうやらあなた、自分が成した偉業のことはすっかり忘れているようねぇ? あなたが成したことによって、どれだけ多くの人々の命が救われたと思っているんです。あなたひょっとしてバカなのですか?」
その言葉に、俺に抱きついていた嫁たちが反応する。
「うん、うん。そうなんにゃ。うちの旦那、ときどき結構バカなんにゃよ」
「そうなんだよねぇ。ときどき結構バカなんだよねぇ」
「まったくです。私たちを蔑ろにして、世界中の人々を救うぐらいのバカです。世界と私たちとどっちが大事なのかと小一時間問い詰めたくなるぐらいです」
「えっ。みんな、ひどくないか?」
セラフィーナまで……というかお前、エレンがそれ言ったとき、いかがなものかと思うって言ってたよな?
などと思っていると──
「ひどくないにゃ!」
「ひどいのはダグラスの方!」
「私たちがどれだけ悲しくて苦しくて切ない想いをしたか、お分かりですかダグラス様……!?」
「「「──うわぁああああああんっ!!!」」」
三人とも俺に抱きついたまま、大泣きを始めてしまった。
なんでこれだけ頑張った俺が責められてんの? などとも思うが、泣かれてしまってはどうしようもない。
……ていうか、頑張ったのは俺だけじゃないのか。
ひと月もの間、俺を蘇らせるためだけに、見つかるかどうかも分からない奇跡を探し続けてくれた三人。
それがどんなに大変なことであったか、想像するだけでも余りある。
俺は泣きじゃくる三人を再び抱き寄せ、優しく頭をなでていく。
「──ごめんな、ミィナ、エレン、セラフィーナ。それにありがとう」
「嬉しいにゃあああああっ!」
「嬉じいよぉおおおおおっ!」
「嬉しいです、ダグラス様ぁああああっ……!」
泣きついてくる三人を、今度は両腕で、力いっぱい抱きしめる。
俺も三人の温もりが嬉しくて、胸がいっぱいになって、思わず涙がこぼれ落ちた。
──そのようにして俺たちは、互いに再会を喜び合った。
さらに俺を心配して集まってくれたほかのやつらとも抱き合い、久しぶりの再会を喜んだ。
戦いは終わった。
俺たちはまた、新たな道を歩み始める──





