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遭遇

「あの……ひょっとして、竜人族について調べていますか……?」


 そう話しかけてきたのは、学者風のローブを着て大きめの丸眼鏡をかけた、十代後半ほどに見える少女だった。


 本を胸に抱えて、小首を傾げている。


 なお、学者のローブを押し上げる胸のサイズは、セラフィーナよりもさらに上かもしれない……とか、そういう下世話な話は横に置いといてだ。


「ああ、そうだが。あんたは?」


「あっ……申し遅れました。私、このヴァイゼストの大学で研究者をしている者で、リーゼと申します。よろしくお願いします」


 少女はそう言って、ゆっくり深々と頭を下げ、またゆっくりと元の姿勢に戻る。

 喋り方といい仕草といい、どうにもおっとりとした印象だ。


 流れで俺たちも自己紹介をしつつ、何か用かと聞くと、少女はぽんと手を打つ。


「そうでした。私、大学で竜人族に関する研究を行っているんです。竜人族に興味を持つ人は珍しいので、嬉しくて話しかけてしまいました」


「お、おう、そうか」


 嬉しくて、と言うわりには表情は淡々としたものだが。

 それにしても、このおっとり娘のテンポに合わせていると、どうもリズムが狂うな……。


 だが竜人族に関する研究を行っているというのは聞き捨てならない。

 彼女なら何か知っているかもしれない。


 そう思って、三百年ほど前に人間と竜人族の間で何があったのか、少女──リーゼに聞いてみたのだが。


 それを聞いたリーゼは、ふるふると首を横に振った。


「それは私も知りたいです。この図書館にあるそれらしい書物には、すべて目を通したと自負しているのですけど、それらしい記述は見つけられていません。……ところで皆さんは、どうして竜人族のことを?」


「ちょっと縁があってな。ここ最近で、何人かの竜人族と遭遇する機会があったもんで、あいつらのことをもっと知っておきたいと思ったんだが」


 俺は言葉を濁しつつ答える。

 交戦して殺したとか身体を交わらせて奴隷にしたとか、さすがに初対面の人間には話しづらい。


 だがそうすると──


「──ほ、本当ですか!? 現存する竜人族の方と、お会いしたことがあるんですか!?」


 これまでのおっとり感が嘘のような素早い動きで、リーゼは俺の手をぎゅっとつかんできた。


 表情は相変わらず淡々としているので分かりづらいが、目をキラキラと輝かせているようにも見える。


「その竜人族の方々は、今どこにいますか? 会って話を聞けますか? 是非会わせてください。何でもしますから」


「い、いや。今の居場所は分からないんだが」


「……そうですか」


 目に見えてしゅんとした様子を見せるリーゼ。

 相変わらず表情はあまり変わらないのだが、全身で感情を表現しているようだった。


「あの……もしまた竜人族の方とお会いする機会があったら、ご連絡をいただけないでしょうか? 私にできる限りのお礼は、何でもいたします」


「難しい気もするが……分かった。前向きに検討しておくよ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 リーゼは再び、深々と頭を下げてくる。

 そしてもう一度あいさつをして、俺たちの前から立ち去っていった。


 それを見送ってから、セラフィーナとロンバルディアが俺に声をかけてくる。


「『何でもする』と言われたあたりで、ドキッとしていらっしゃいましたか、ダグラス様?」


「胸にチラチラと視線を向けておったのぅ、わが主よ。やはり大きい方がいいのか?」


「そ、そんなんじゃねぇって」


 俺は嫁たちの追及を、目を逸らして誤魔化した。


 いや、本当のところは図星だけどな。

 そこは健全な男子──いや、健全なおっさんだから仕方がないのだ。



 ***



 ダグラスたちが図書館で調べものをしていた、その一方で──


 同じ日の夕刻。

 剣士の少女エレンは一人、街の路地裏をぷらぷらと歩いていた。


「いやー、たまには一人の時間もいいね。ダグラスの隣もいいけど、ボクってもともと一匹狼だし」


 屋台で買った串焼きを頬張りながら、上機嫌で歩みを進めるエレン。


 買い食いしすぎたかな、晩御飯食べられるかな、などと少しの心配をしながら、彼女はダグラスたちと落ち合うために宿へと向かっていたのだが──


 そのときだ。

 エレンは突如として寒気のようなものを感じて、背筋を凍らせた。


「──おっと、こんなところでバカ弟子に出会うとは。何の因果だろうね」


 背後からそんな言葉を受けて、エレンはぽろりと串焼きを落とす。


 少女剣士はすぐさま腰の剣に手を伸ばし、背後へと振り向いた。

 だが──


 ビュッと風が動いたかと思うと、振り向いたエレンの首元に、大剣の切っ先が突きつけられていた。


 そこにいたのは、長い黒髪の女剣士。


「し、師匠……!」


「ようエレン、偶然だね。あんたがここにいるってことは、あの斧使いも近くにいるのかい?」


“竜神器十将”の一人、大剣使いのティフェレト。

 エレンの剣の師匠にして育ての親が、愛弟子の首元に剣先を突き付けていた。


 路地裏で二人きり、助けは見込めない。

 いや、仮に人がいたとして、並の人間にどうこうできる相手でもない。


 エレンは突き付けられた刃を見て、ごくりと唾を飲む。

 額から汗を垂らしつつ、怯えと強がりが混ざった声で答える。


「ど、どうかな……? ボクがダグラスと別れて、一人旅をしているのかもよ?」


「あんたも嘘が下手だねぇ。しかしあの男が近くにいるのか、そりゃあ面白い。最近ザコばっか相手にして退屈してたんだよ」


「はははっ……い、今のダグラスを、あのときと同じだと思わないほうがいいんじゃないかな。師匠なんてあっという間に蹂躙されて、ダグラスの奴隷にされちゃうと思うよ?」


「へぇ、ますます面白い。──じゃああんたには、あの男を釣る餌になってもらおうか!」


「うぐっ……!」


 エレンの腹に、ティフェレトの拳が叩き込まれる。


 衝撃によって突き上げられた少女剣士の体は、くの字に折れ、すぐに力なくぐったりとなった。


 ティフェレトは気絶した弟子の体を無造作に抱え、その場から立ち去っていく。


 エレンが落とした串焼きだけが、細い路地裏の地面に残っていた。


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